アナブログ:野川諭生 バックナンバー一覧

2024.3.14(木)

敦賀駅(福井県)

 福井県敦賀市のJR・敦賀駅。関西方面から見たときに北陸の入り口にあたる古くからの鉄道の要衝で、在来線の北陸本線と小浜線が乗り入れます。 寒冷地にある駅ということで駅の入り口にはしっかりと扉が設けられていますね。 北陸本線は名古屋・京都・大阪エリアから金沢方面を結ぶメインルート。古くから「特急街道」として知られ、いまでも大阪発着の ”サンダーバード”、名古屋・米原発着 ”しらさぎ” の両特急列車が高速で駆け抜けます。敦賀は、それらの大半が停車する拠点駅です。 そんな敦賀駅の運命が、大きく変わろうとしています。これまで東京~金沢間が開業していた北陸新幹線が、この春、敦賀まで延伸。当面、その終着駅の役目を担うこととなったのです。 延伸開業を間近に控えた先日。その試乗会に参加する僥倖を得まして、私、敦賀まで行って参りました。 手前の地上駅部分が現行の在来線ホーム。そして奥にそびえ立つ巨大な建造物の中にあるのが、北陸新幹線と、大阪・名古屋方面から接続する特急の新ホームです。その存在感から、鉄道ファン界隈では「敦賀要塞」という二つ名が付いた新しい駅舎。高さは37メートルもあり、おおよそ12階建てのビルに相当するのだそうです。3層構造で、3階部分が新幹線ホーム、2階がコンコース、1階が特急ホームとのこと。そんなおもしろい構造の駅舎、私は見たことがありません。これは行くしかない。 在来線のホームと改札をつなぐ跨線橋を通って、新ホームへと向かいます。 動く歩道が出現!(小さいころ、「歩く歩道」と呼んでいました。それはまあ、そうですよね笑) 続いて、大きなエスカレーターがあらわれた!この時点でちょっと ”要塞” 感、ありますね。そこを上がると・・・! 一瞬、舞踏会の会場かと思いました・・・。ここは3層建ての新駅舎で2階部分にあたるコンコース。新幹線(3階)と特急列車(1階)のホームを乗り継ぐ多くの人が行き交うことが想定されるため、これだけの広さになっているんですね。ちなみに、天井は北前船の帆をイメージしているそう。敦賀は水陸の交通の要衝。古くから北陸方面と京都を結ぶ水運の中継地として栄えました。当地の歴史にもさりげなく触れられる、おしゃれなデザインです。 大量のお客さんが効率よく動けるようにと設置された乗り換え用の自動改札機。ズラリと計19通路(!)もあるそうで、これを見ているだけでもワクワクしてきます。 在来線への乗り換え案内を見てみると、新幹線延伸と共に開業する第3セクター「ハピラインふくい」の表示が。その欄には、敦賀~金沢間の特急列車の情報が映し出されています。「ハピラインふくい」と「敦賀~金沢間の特急」はバトンタッチする形での開業/廃止ですから、この2つが同時に存在することはあり得ません。試乗会ならではのマニア心をくすぐるサービス(?)に、私もう、興奮のあまり・・・。 「表情に出るタイプだね」と言われ続けて30年が経ちました。さて、3階の新幹線ホームへと上がってみます。 まず目に飛び込んできたのは何といっても床面でした。おしゃれ。港町・敦賀らしく、船の甲板をイメージしたそうです。 この光景が当たり前になるのだと思うと胸が熱くなりました。北陸新幹線は最終的に新大阪まで開通することになっていますが、ルートの選定などが難航しており、当面はここ、敦賀が終点となります。鉄道で広島から金沢へ向かう時などは、ここ敦賀で新幹線へ乗り換えることになりますね。続いては、再びコンコースを経由して1階の特急列車発着ホームへ・・・。 (↑広告などのパネルがはめ込まれる部分ですね!) 打って変わって、特急ホームからは非常にあっさりとした印象を受けました。コンコース階には待合スペースもありますから、このホームで列車を待つお客さんは基本的にいないと考えてよいのでしょう。となると必要なのは、限られた乗り換え時間で間違わないように配慮された案内表示と多くのお客さんが効率よく上下移動できるよう整備された昇降手段です。 準備万端、整っているようですね。ここからいよいよ試乗会の様子を書こうと思っていたのですが、毎度のことながら かなりの長文になってしまいましたので、このあたりで・・・。 北陸新幹線の金沢~敦賀間延伸開業は、来たる3月16日です。 

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2024.2.29(木)

東武浅草駅(東京都)から

 東京都台東区の浅草駅。東武鉄道の本線格である伊勢崎線と日本最古の地下鉄・東京メトロ銀座線、さらには都営地下鉄浅草線が乗り入れる、下町屈指のターミナルです。それぞれの路線の駅紹介だけで長大な文章が書けるほどの歴史と品格を備えた駅ですが、今回は東武鉄道の駅にスポットを当て、便宜上「東武浅草駅」と呼びながら進めていきたいと思います。 こちらが東武浅草駅の駅舎です。開業は1931年。関東では初めての「本格的な百貨店を内包したターミナルビル」だったそうです。幾度かの改修を経てきましたが、十数年前の大規模な改装で、アールデコ様式だった開業当時の姿がよみがえりました。 開業史を紐解くと、関東の私鉄がいかにして都内のターミナルに拠点を構えようとしたのかという苦難の物語が浮かび上がってきます。”帝都東京” の近代史にも通ずる壮大なヒストリー、ご興味のある方はぜひ検索を・・・。 そんな東武浅草駅は3面4線(3本のホームに4本の線路)、頭端式(行き止まり)の構造です。3~5番ホームが特急列車用、1、2番ホームがそれ以外の一般列車用に振り分けられています。今回は5番ホームから、あこがれ続けていた とある列車に乗り込みました。 去年7月にデビューした東武鉄道の新しい特急列車「スペーシア X(エックス)」です。 思わず口を突いた「カッコイイ・・・」という凡庸なる我が感想。本邦私鉄でも指折りの老舗である東武鉄道が古のターミナル・浅草に満を持して送り込んだ最新鋭のフラッグシップは、タキシード仮面のように(←古い)ミステリアスでエレガント!私もう、興奮のあまり・・・。 駅員さんの「撮りますか?」というお言葉に甘えてしまいました・・・。同行した畏友(非鉄道ファン)からは「幸せそうだね」と微笑まれた次第です。閑話休題。東武浅草駅は立地の制約上、駅を出るとすぐに急カーブがあります。「駅を出ると」と言うよりも、駅構内からすでに曲がり始めている関係で、各ホームの先端付近の乗車口には「わたり板」が係員によって設置されます。それはダイヤ上では制約となっているファクトなのですが、私自身は、わたり板を踏むときに若干の特別感がありまして、毎度ドキドキするお気に入りスポットです。 さて、そうして(ようやく)車内へと入ります。登場から半年以上が経ってもプラチナチケットとなっているスペーシア Xの特急券ですが、今回は幸運にも「プレミアムシート」を確保することができました。 素晴らしい・・・。色合い(茶系)に東武鉄道のアイデンティティを示しつつも、洗練されたデザインの座席が並びます。 枕部分の幾何学模様は、沿線の名産品である鹿沼組子をイメージ。また、座席はリクライニングしても後ろへ干渉しないバックシェルスタイルです。 浅草を出るとすぐに渡る墨田川。東京のシンボルのひとつで、都民の心のよりどころでもあります。 液晶ディスプレイもとても見やすく、スタイリッシュです。加えて、これはどうやっても写真に収められなかったのですが、車内アナウンスの前にかかるオリジナルチャイムに惚れました。旅に出るときのワクワク感と、それが終わりに近づいた時の切なさが同居している洒脱なメロディ・・・。人生のどんなシチュエーションであっても寄り添ってくれる優しさを感じました。音鉄(アナウンス、駅/車内メロディ派)を自認していますが、エンドレス再生しながら休日を過ごしたくなる素敵な一曲です。 そうこうしていると、あっという間に栃木県の下今市。今回の下車駅です。下今市で降りた瞬間から、いや、”浅草で乗りこんだ瞬間から” また乗りたいと思える特別な列車でした。嗚呼、思い出して綴っているだけで、ウェルビーイングです。。。 (Xをかたどった窓もかっこいい!)

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2024.2.27(火)

千里中央駅(大阪府)

 大阪府豊中市の千里中央駅。北大阪急行電鉄・南北線(以下、北大阪急行線)と大阪モノレール・本線が乗り入れます。高度経済成長期に作られた千里ニュータウンの事実上の中心駅で、駅舎は駅ビル的な立ち位置である「せんちゅうパル」と一体化しています。 北大阪急行線のホームは地下駅ですが、改札階まで吹き抜けとなっている独特の構造です。何とも言えない浮遊感が味わえる不思議なスポットとなっています。 もともとは1970年の大阪万博の人員輸送手段として造られた北大阪急行。開業までは紆余曲折あったものの、万博来場者の大量輸送の結果、その開催期間中の収入で建設費を償還できたということで、いまでも低廉な初乗り運賃(おとな100円)が設定されています。 さて、北大阪急行線は大都市・大阪の大動脈である大阪メトロ御堂筋線と一体運用されているため、列車の行き先として「千里中央」を見た経験のある方も多いかと思います。「なんばや梅田といった大阪都心部から新大阪へ向かうために乗るのは 千里中央行きか新大阪行き。中津行きは新大阪まで行かないのでガックリ」・・・という、中川家さんが広めた鉄道ギャグの定番(?)ネタがありますが、それも今は昔。一時期に比べて中津行きが大幅に削減され、新大阪まで行く列車が増えました。新幹線利用者からすると、うれしい変化ですね。 (中央なのか?北なのか?)さて、そうして長らく「大動脈の終着駅」としての地位を守ってきた千里中央駅ですが、この春、状況が一変することになりました。 北大阪急行線の延伸です。千里中央駅から箕面萱野(みのお かやの)駅までの2.5キロが、来たる3月23日に開業します。定時性が高く、大阪都心まで一本でつながる北大阪急行線が交通量の多い大阪・北摂(ほくせつ)エリアで伸びることには大きな意義がありますね。途中には箕面船場阪大前(みのおせんば はんだいまえ)駅も設けられ大学生にとっても便利になります。(大阪大学出身の梶谷アナが「私の在学中に延伸していれば・・・」と嘆いていました) これに伴い、途中駅となる千里中央止まりの列車はどれほど残るのだろうかと話題になっていましたが、なんと、延伸開業後、定期運行される列車からは「千里中央行き」が消滅することが明らかになりました。いままで日常の光景だった・・・ こういった表示が、もう見られなくなるのですね。現時点では(延伸まであと1か月しかないのですが)、寂しいというよりもまだあまり現実味が沸かない、というのが個人的な感想です。 (御堂筋線の駅構内では、案内板の更新がすでに行われていました)終着駅という立ち位置ではなくなりますが、伊丹空港へも、新大阪へも、大阪を代表するビジネス街/繁華街である「キタ」・「ミナミ」へも一本で行けるという府内屈指の好立地が揺らぐことはありません。 箕面萱野方面へ続くピカピカの鉄路。あとは1か月後の延伸開業を待つばかりですね。ますます便利になる北大阪急行線と、新たなスタートを切る千里中央駅の未来に大いに注目していきたいと思います。

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2024.2.21(水)

諫早駅(長崎県)

 長崎県の諫早(いさはや)駅。長崎県第3の都市である諫早市の中心駅で、おととし9月に部分開業した西九州新幹線と在来線の長崎本線、大村線、さらには島原鉄道線が乗り入れる県内有数のターミナルです。 新幹線のホームは極めてシンプルな2面2線(2つのホームに挟まれる形で線路が2本)構造でこれは部分開業に合わせて作られた他の2駅(新大村、嬉野温泉)と基本的に同じ造り。ただ、諫早駅がユニークなのは、新幹線ホームがほぼ地平と同じ高さにあることです。新幹線駅は高架のイメージが強いですから、ちょっと新鮮に感じます。(同じ九州を走る九州新幹線では、鹿児島県の川内駅も地上駅だったと記憶しています)長崎駅までは一駅、10分弱で到達します。反対側の新大村駅は、新幹線開業に合わせて設けられた新駅ですね。 長崎以西への新幹線延伸計画はありませんので、下りホームの案内は長崎「方面」ではなく長崎「行」となっていますね。こういった細かな表現の違い、大好きです。 

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2024.2.15(木)

会津若松駅(福島県)

 福島県会津若松市のJR 会津若松駅です。福島県の拠点駅のひとつ 郡山駅と新潟市内第2のターミナルである 新津駅を結ぶ長大路線・磐越西線(ばんえつさいせん)。そして、この駅と新潟県の豪雪地帯に位置する小出駅とをつなぐ絶景路線・只見線(ただみせん)の2路線が乗り入れるターミナル駅です。 悲運の白虎隊士で有名な会津藩の本拠地で、東北地方でも指折りの観光地としても知られています。 磐越西線は県をまたぐ長い路線ですが、区間ごとにかなりの需要の差があります。この路線に限ったことではありませんが、各地のローカル線を支える通勤・通学の需要は、県境を越えると激減してしまうのです。それゆえ、当駅を境に同じ福島県内の郡山方面は電車が活躍していますが、反対側・新潟方面は、ほとんどが単行(1両)や2両編成の気動車による運行です。 おそらく2018年に撮った写真なのですが、左側の深緑のラッピングのキハ40(気動車)が只見線、右側の白地に黄緑があしらわれたキハ110(気動車)が磐越西線・新潟方面の運用でした。いまではキハ40、JR東日本の定期運用から引退しています。時代の流れを感じますね・・・。 

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2024.1.17(水)

穴水駅(石川県)

 石川県を走る のと鉄道七尾線の終着、穴水(あなみず)駅です。 (かつては国鉄路線でしたので、このホーロー看板をはじめ、そこここに名残が・・・) 県都・金沢からの所要時間は、途中まで特急も使っておよそ二時間といったところでしょうか。駅名票にあった「まいもんの里」の二つ名の通り、”まいもん” (美味しいもの)あふれる能登半島の代表駅のひとつです。 駅構内から七尾・金沢方面と反対の方向を眺めます。 しばらく線路が続いた後、途切れていることが確認いただけるかと思います。かつては輪島市の輪島駅、珠洲市の蛸島駅まで鉄路が続いていましたが、いずれも2000年代に廃止となりました。それからはこの穴水駅が、能登半島の ”先端” の鉄道駅となっています。 (駅構内には、かつてこの先の鉄路まで走っていた車両が留め置かれています)先日の能登地方を震源とする大地震により、この穴水駅と周辺、のと鉄道の設備も甚大な被害を受け、現在は全線で運転再開のめどすら立っていません。かつてこの地を訪れたものとして、ひとりの鉄道ファンとして、また近隣の福井県と新潟県に親類縁者を持つ人間として、もどかしい気持ちでいっぱいです。一刻も早い復興を祈りながら、自分にできることを探していきたいと思います。”まいもん”を頂きながら心の底から笑いあえる日が、また訪れますように。 

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プロフィール

出身地:東京都
誕生日:8月29日
血液型:不明

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