千代むすび酒造 株式会社(鳥取県)
日本海に面した鳥取・境港で、160年以上にわたり酒を造り続けてきた老舗の酒蔵。ところが、日本酒業界は日本酒離れや後継者不足という逆風にさらされ、伝統あるカンパニーも大きな岐路に立たされていました。そんな中、未来を託されたのは、酒造り経験もない元銀行マンで婿養子の若き二人。守るべき伝統と、変わらなければ生き残れない現実。その狭間で彼らが選んだのは、日本酒の常識を超え、世界を見据える「革新」の道でした。老舗の誇りを背負いながら、未知の領域へ踏み出す決断は、果たして酒蔵を救う一手となるのか。今回は、長い歴史に新たな価値を重ね、世界へ挑み続ける老舗酒蔵カンパニーのそ~だったのか!に迫ります。


1865年創業の「千代むすび酒造」。近年、飲酒スタイルの変化や競合する酒類の多様化により、日本酒の国内出荷量と消費量は減少の一途をたどっています。そんな中、酒蔵を託されたのは、酒づくりの世界とは無縁だった元銀行員の婿養子2人。金融業界にいた2人は日本酒が持つ真の価値を正当に評価してくれる場所を求め、5代目蔵元が切り開いてきた海外に目を向けたのです。カンパニーでは1990年代、まだ日本酒ブームの兆しすらなかった時代から、いち早く輸出をスタートさせ、2009年には、韓国に日本酒販売の子会社を設立し、誰よりも早く、海外への販路を築いていたのです。今度は2人が韓国だけでなく、欧州や北米など世界へと売り込みをかけ、年に20回以上も海外へ足を運び、さらなる販路を開拓し続けているのです。


次に2人が踏み出したのは、新たな酒づくりでした。後継者の1人・聡さんが任されたのは、スパークリングワインのように発泡する日本酒「AWA SAKE」。awa酒協会に参加し、全国の酒蔵と手を組み、知恵と技術を共有することで、2年の歳月をかけ、「CHIYOMUSUBI AWA SAKE SORAH」を完成させたのです。もう1人の後継者・拓己さんが任されたのはウイスキー。カンパニーでは、40年前から焼酎づくりにも取り組んでいたため、ウイスキーへと応用できる蒸留の技術を使って、「林太郎」を完成させました。2つの新たなお酒を携え、販路開拓を積み重ねた結果、現在では30カ国と取引。出荷量の約3割が海外向けという日本の酒蔵では異例の実績を打ち立てました。そして、2025年、聡さんが6代目蔵元に、拓己さんが常務取締役に就任したのです。