そ~だったのかンパニー

提供:中国電力

過去紹介した企業のおさらい

今週の紹介カンパニー
紹介企業

砂谷 株式会社

【所在地】広島県広島市佐伯区湯来町

砂谷 株式会社(広島県)

もし、牛乳が当たり前に手に入らなくなる日が来るとしたら。輸入飼料の高騰や人口減少などを背景に、日本の酪農はいま大きな岐路に立たされています。そんな中、広島の山あいで、常識では考えられない決断を下した小さな酪農カンパニーがありました。守るべきは、80年続く牧場と家業の歴史。選んだのは、根性論でも場当たり的な努力でもない、酪農のルールそのものを書き換える一手。一歩間違えれば、すべてを失いかねない覚悟の選択でした。今回は、牛乳の未来を見据え、持続可能な酪農の形に挑み続けるカンパニーのそ~だったのか!に迫ります。

そーだったのかポイント1

放送内容写真

80年以上続く酪農カンパニーの歴史

1941年創業の「砂谷」。初代・久保政夫さんが、何もなかった土地を自ら切り開き、牛を放したのが始まりでした。カンパニーのある湯来町には酪農に携わる人が少しずつ増え、やがて、広島市内で消費される生乳の多くが、この町で生産されるまでになったのです。1960年代には学校給食に牛乳が導入され、需要は一気に拡大。カンパニーは安定供給のため、牛を1カ所で育てる「牛舎飼い」へと舵を切りました。しかし、人口減少・少子化・食の多様化により、1990年代後半から牛乳の需要が低迷し、カンパニーの経営も傾き始めます。徹底的なコスト削減で一度は回復の兆しを見せ始めますが、コロナ禍による需要の冷え込みと、輸入に頼っていたエサの高騰により、再び窮地に立たされてしまったのです。

そーだったのかポイント2

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牛舎飼いから放牧へ!未来を見据えた決断

カンパニーは「続けられる仕組み」と「選ばれる価値」へと変えていくため、2020年、北海道以外ではわずか2%の酪農家しか挑んでいない「放牧」への転換を決断します。しかし、放牧牛は、地面に生える牧草だけで育つため、100メートル四方の土地があっても、飼えるのはわずか2頭が限界。そこで、整備されていなかった傾斜地を放牧地に変えることにしたのです。また、放牧では牛は歩き回り体力を使うため、乳量は半減してしまいますが、エサの購入代や牛の寝床にかかる敷料代も大幅にコストカットでき、試算の結果、利益はほぼ倍になることが分かったのです。現在、カンパニーは放牧地を広げ、様々な種類の草を使って土地に合う牧草づくりを行うなど、2030年を目標に放牧牛の牛乳提供の準備を進めているのです。

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