【てつたま】芸備線を疾走する蒸気機関車 時代を映す駅弁パッケージ 県立文書館に眠る鉄道写真を紐解く
8/19(水) 18:40
鉄道の魅力を熱くお伝えする野川キャスターの「てつたま」です。
夏休みも半分以上終わりましたが、今回のてつたまは夏休みの自由研究がまだというちびっ子にもオススメできます。
膨大な資料で、、、とある鉄道路線の歴史を学べる大チャンスです。
広島市中区にある県立文書館で、その鉄道に関する企画展が開かれていました。
芸備線をテーマにした写真展と『鉄道と食のあゆみ』という、なんともアカデミックなにおいのする展示の二本立てです。
夏休みも半分以上終わりましたが、今回のてつたまは夏休みの自由研究がまだというちびっ子にもオススメできます。
膨大な資料で、、、とある鉄道路線の歴史を学べる大チャンスです。
広島市中区にある県立文書館で、その鉄道に関する企画展が開かれていました。
芸備線をテーマにした写真展と『鉄道と食のあゆみ』という、なんともアカデミックなにおいのする展示の二本立てです。
企画した西向さんに案内してもらいました。
【県立文書館 西向宏介主任研究員と野川キャスター】
野川「お!昔の写真ですね」
西向「そうですね。過去に芸備線の展示をここで3回くらいやってまして。これまで紹介しきれていなかったものを並べて」
野川「まだ紹介しきれないものがあった、ということなんですか?」
西向「そうですね。写真だけでも相当の量があるので、まだまだ紹介しきれていないですね。今回は古いものだけ紹介しているんですけれども。もっと昭和後半のものとか…」
野川「昭和の後半の写真であっても『古い写真』の範疇に入らないというですね。とんでもない量が」
【県立文書館 西向宏介主任研究員と野川キャスター】
野川「お!昔の写真ですね」
西向「そうですね。過去に芸備線の展示をここで3回くらいやってまして。これまで紹介しきれていなかったものを並べて」
野川「まだ紹介しきれないものがあった、ということなんですか?」
西向「そうですね。写真だけでも相当の量があるので、まだまだ紹介しきれていないですね。今回は古いものだけ紹介しているんですけれども。もっと昭和後半のものとか…」
野川「昭和の後半の写真であっても『古い写真』の範疇に入らないというですね。とんでもない量が」
それではまず、『写真展芸備線の軌跡2』を見ていきましょう。
我々を迎えてくれたのは、今からおよそ60年前の昭和40年代、煙を上げて芸備線を疾走する蒸気機関車を撮影した写真の数々でした。
【県立文書館 西向宏介主任研究員と野川キャスター】
野川「サブテーマになっていますが、山岳地帯を走った列車というのが今回のテーマなんですか」
西向「昔は今と違って山間部の山岳地帯を走っている路線も、活発にいろんな列車が走っていたということでそこに焦点を当てて」
野川「存廃の議論がされているという区間ですけど、ちょっと隔世の感があるといいますか」
西向「そうですね。こういう重厚感のある車両が、しかも長編成で走っているというのは、ちょっと今の状況からは想像しにくいところがありますけども」
我々を迎えてくれたのは、今からおよそ60年前の昭和40年代、煙を上げて芸備線を疾走する蒸気機関車を撮影した写真の数々でした。
【県立文書館 西向宏介主任研究員と野川キャスター】
野川「サブテーマになっていますが、山岳地帯を走った列車というのが今回のテーマなんですか」
西向「昔は今と違って山間部の山岳地帯を走っている路線も、活発にいろんな列車が走っていたということでそこに焦点を当てて」
野川「存廃の議論がされているという区間ですけど、ちょっと隔世の感があるといいますか」
西向「そうですね。こういう重厚感のある車両が、しかも長編成で走っているというのは、ちょっと今の状況からは想像しにくいところがありますけども」
野川「SLが黙々と煙を焚いて後ろに客車も連なっているわけですし。こちらの写真は貨客混合列車?」
西向「そうですね」
野川「貨物の車両と客車が一緒にくっついて、SLに引っ張られているという…。こう見ていくとやっぱり客車もそうですけど、貨物列車もかなり通ってますから。山陰と山陽の間の物流の動脈に近いところになっていたのかなという感じが」
西向「芸備線だけじゃなくて、木次線とかですね。他の路線でも昔は貨物がかなり活発に走ってたっていうのは分かりますね。木材とか砂鉄とか、当時のそういった貨物が盛んに行き来していたということで。職員の方も、この当時は駅にもたくさんおられたということなので。積雪の時期でも線路を整備しながら、列車を走らせていたというのは、今の状況とはかなり違うかなという感じがします」
野川「吹雪の中を走る上り貨物列車という…相当躍動感のある一枚になってますよね。いやー本当にこんな時代があったんだなという…簡単に言うと、そんな感じがありますよね」
西向「そうですね」
野川「貨物の車両と客車が一緒にくっついて、SLに引っ張られているという…。こう見ていくとやっぱり客車もそうですけど、貨物列車もかなり通ってますから。山陰と山陽の間の物流の動脈に近いところになっていたのかなという感じが」
西向「芸備線だけじゃなくて、木次線とかですね。他の路線でも昔は貨物がかなり活発に走ってたっていうのは分かりますね。木材とか砂鉄とか、当時のそういった貨物が盛んに行き来していたということで。職員の方も、この当時は駅にもたくさんおられたということなので。積雪の時期でも線路を整備しながら、列車を走らせていたというのは、今の状況とはかなり違うかなという感じがします」
野川「吹雪の中を走る上り貨物列車という…相当躍動感のある一枚になってますよね。いやー本当にこんな時代があったんだなという…簡単に言うと、そんな感じがありますよね」
その後、芸備線では、昭和46年、1971年に蒸気機関車の運用が終わり、主力車両はディーゼル車へと移り変わりました。
【県立文書館 西向宏介主任研究員・野川キャスター】
野川「備後落合に急行が止まっているところなんかは、本当に今見ると感慨深い…」
西向「このあたりは今だともう単車運転ですけれども。この頃の写真を見ると結構5両編成、6両編成で走っているのが、時代が違うという印象がしますね」
野川「もちろん急行列車ですから、長距離でこの辺りは通り過ぎる方が多かったんだろうという想像はしますが…。それにしてもこれだけの需要はおそらくこの頃あったということですね」
西向「ですね。ホームに立っているお客さんもやっぱり多いので、通勤とか通学とか。あと観光シーズン、冬ですね、スキー客がすごく多かったみたいで。スキーの板を担いだお客さんがたくさん歩いている写真なんかもありますので、その辺のにぎわいは、昔はやっぱり違ったんだなという感じがしますね」
【県立文書館 西向宏介主任研究員・野川キャスター】
野川「備後落合に急行が止まっているところなんかは、本当に今見ると感慨深い…」
西向「このあたりは今だともう単車運転ですけれども。この頃の写真を見ると結構5両編成、6両編成で走っているのが、時代が違うという印象がしますね」
野川「もちろん急行列車ですから、長距離でこの辺りは通り過ぎる方が多かったんだろうという想像はしますが…。それにしてもこれだけの需要はおそらくこの頃あったということですね」
西向「ですね。ホームに立っているお客さんもやっぱり多いので、通勤とか通学とか。あと観光シーズン、冬ですね、スキー客がすごく多かったみたいで。スキーの板を担いだお客さんがたくさん歩いている写真なんかもありますので、その辺のにぎわいは、昔はやっぱり違ったんだなという感じがしますね」
そして、もう一つの企画展が『鉄道と食のあゆみ』です。
鉄道における食というのはもちろん駅弁のこと。
その駅弁票、つまりパッケージから当時の時代背景が読み取れます。
【県立文書館 西向宏介主任研究員と野川キャスター】
野川「広島県内で限ってみても、なかなか面白いですね。糸崎駅前の旅館。今でも広島市内にある高級料亭の出していたお弁当も。宮島の『うえの』の穴子飯は未だに生きる伝説のような形で」
西向「昭和の初期から終戦にかけてのものが多いんですけれども。その頃の時代を反映して、だんだん戦時期に入っていって。国内も非常に物資が不足して厳しくなっていくという様なことがこういう駅弁の掛け紙に書かれている内容から、その時代の背景みたいなのが分かるので」
鉄道における食というのはもちろん駅弁のこと。
その駅弁票、つまりパッケージから当時の時代背景が読み取れます。
【県立文書館 西向宏介主任研究員と野川キャスター】
野川「広島県内で限ってみても、なかなか面白いですね。糸崎駅前の旅館。今でも広島市内にある高級料亭の出していたお弁当も。宮島の『うえの』の穴子飯は未だに生きる伝説のような形で」
西向「昭和の初期から終戦にかけてのものが多いんですけれども。その頃の時代を反映して、だんだん戦時期に入っていって。国内も非常に物資が不足して厳しくなっていくという様なことがこういう駅弁の掛け紙に書かれている内容から、その時代の背景みたいなのが分かるので」
野川「この下あたりになってくると、だんだん戦争のにおいが…」
西向「そうですね。物々しい感じになってきますね」
野川「お弁当の掛け紙なのに廃品回収運動。兵器を作る上で、資材になるようなものだと思うんですが…代用食の駅弁もあったんですね」
西向「だんだんお米が配給制になっていって、足りなくなってくるんですけれども。パン食ですね、パンといってもいろいろ野菜だとか、魚粉だとか。いろいろ混ぜて作ったようなものが、代用食っていう形で駅弁に使われるっていう…」
野川「しかしパンの駅弁ですからね。小麦粉に野菜、魚粉などを混ぜて作った鉄道パン。
…うーんという感じですよね」
西向「物資不足がこういうのを見るだけでも、ひしひしと感じられるような感じがしますね」
西向「そうですね。物々しい感じになってきますね」
野川「お弁当の掛け紙なのに廃品回収運動。兵器を作る上で、資材になるようなものだと思うんですが…代用食の駅弁もあったんですね」
西向「だんだんお米が配給制になっていって、足りなくなってくるんですけれども。パン食ですね、パンといってもいろいろ野菜だとか、魚粉だとか。いろいろ混ぜて作ったようなものが、代用食っていう形で駅弁に使われるっていう…」
野川「しかしパンの駅弁ですからね。小麦粉に野菜、魚粉などを混ぜて作った鉄道パン。
…うーんという感じですよね」
西向「物資不足がこういうのを見るだけでも、ひしひしと感じられるような感じがしますね」
野川「感慨に浸っているだけで何十分も過ぎてしまうんですけれども。今回展示されている写真というのは、一人の方から、基本的に提供されたものだという話を伺ったんですが…。我々のコーナーでは、『O‐FILES』(オーファイル)という仮称をつけまして」
【県立文書館 西向宏介主任研究員と野川キャスター】
西向「こちらになります」
野川「え!え?」
西向「この列が全部」
野川「ここの手前から奥まで全部か?」
西向「奥まで全部そうです」
野川「えー!」
たった一人から寄贈され、県立文書館に眠る膨大な鉄道資料…。
「てつたま」制作陣の間では、通称O‐FILESと呼んでいました。
次回、その資料の一端をついに紐解きます。
西向「こちらになります」
野川「え!え?」
西向「この列が全部」
野川「ここの手前から奥まで全部か?」
西向「奥まで全部そうです」
野川「えー!」
たった一人から寄贈され、県立文書館に眠る膨大な鉄道資料…。
「てつたま」制作陣の間では、通称O‐FILESと呼んでいました。
次回、その資料の一端をついに紐解きます。
