【ツイセキ】爆心地から1.37キロの被爆建物 被爆者を不眠不休で救護した旧広島逓信病院リニューアル

5/12(火) 18:21

続いてはツイセキです。

【父親が被爆・勝部宥二さん】
「なるべく多くの人にここを見ていただいてノーモアヒロシマを肝に銘じていただきさらに後世に伝えていただきたい」

爆心地からおよそ1.37kmに位置する被爆建物・「旧広島逓信病院外来棟」平和資料館。今月、半年以上に及ぶ改修工事を経て原爆資料館の付属展示施設としてリニューアルオープンしました。

1935年に「広島逓信診療所」として建設。
大きな窓に白を基調としたモダンな作りが特徴です。
旧広島逓信局の関係者が利用する病院として役割を果たしてきましたがそれから10年後の夏。

【広島に原子爆弾が投下】
広島の街は一瞬で焼野原に。
爆風や火災により病院の大きな窓ガラスは割れ医療器具のほとんどを失いました。
病院で働いていた職員のうち5人が死亡、30人以上が負傷する惨状の中、負傷者を救おうと医師や看護師が自らも被爆しながら不眠不休で救護にあたりました。

その後、この場所は被爆建物として当時のまま残っていた手術室など3部屋が公開されていましたが8月6日の記憶の継承に力を入れようと広島市は全面リニューアルを決め去年の夏から改修工事に取り掛かりました。
これまで使っていなかった部屋も開放し「病院」にまつわる展示を強化します。

工事の進捗を確認する広島市の担当者。
【原爆資料館 落葉裕信 学芸係長】
「完成に向けて作業が進んでいるなという感じ資料がついた時のイメージも湧いてきて」
完成への期待感を膨らませます。

「被害を受けるなかで当時の原爆という治療方法もはっきりとわからない中で苦闘された何とか治療したいという思いでされた状況を知っていただければと思う」

【テープカット】
新しくなった資料館のお披露目式。遺族らおよそ30人が参加しました。

手術室と消毒室はそのまま残され、およそ60点の資料や写真を新たに展示。また、当時の光景を映像で見ることができるシアターも整備されました。

真剣なまなざしで展示を見つめる男性。
広島市内で医師として働く遺族の檜井孝夫さんです。

祖父の暁夫さんが診療所の薬局長として勤めていました。

【檜井孝夫さん】
「うちの祖父は薬剤師なので直接患者さんの処置をするわけではないが。大量のガーゼ類・衛生材料が必要だったのではないかと思うが。それをいろんなところからかき集めて搬送したと」

祖父や父が残し続けた当時の記録。

広島市からも話があり今回のリニューアルにあわせてこれまで大切に保管してきた資料を提供しました。

【檜井孝夫さん】
「父はもう7~8年前に亡くなったがこれほど几帳面に保管していたからそれを私がきちっと世の中に出せたことで少しほっとしている」

新しくなった展示を見て医師でもある檜井さんが改めて感じたのは…

【檜井孝夫さん】
「いまだんだん戦後時間が経って風化されつつあるなか当時のことも今と変わらない日常の中で起こったことだというリアルさが伝わるんじゃないか」
「家族をもう失っていたり自分もケガしているなか患者に対して活動をしていたということは、一つは私、医療者の立場としては医療者の鑑というか医療に関わるものとしてはすごく素晴らしい場所」

未知の"放射線被害"と向き合い、医師たちが病院に残した思いはこれからも、この場所で受け継がれていきます。