西日本豪雨から7年 あの日の記憶を心に刻む「紙芝居」 被災地の小学校で披露

7/4(金) 18:35

西日本豪雨のあった当時を知らない子供たちにあの日の教訓をつなぐ取り組みとして、被害の大きかった広島市安芸区では小学校に「紙芝居」が寄贈されました。

先週土曜日…。広島市安芸区の小学校で上演された紙芝居。

「夕方雨がどんどん強くなってきます」
「お父さんね電車が止まって帰れんみたいよ…ええ~」

「ピコパコパーン」
「お母さん怖い!」「やのか泣くな!お兄ちゃんがついとる」

【当時の上空からの映像】
「上空から学校が見えてきました。完全に土砂が流れ込んでいる様子が見えます」

【当時の特集の画】
7年前の西日本豪雨で甚大な被害が出た矢野地区…。

【矢野小提供写真】
小学校では教室や廊下などが茶色く覆われました。

【石碑】
しかし、そんなあの日の記憶も災害から5年が過ぎたころから風化が懸念されるようになります。

【太田郁恵さん(2023年)】
「もうその時のことを覚えていない子供も増えていたり、大人も、まああんなこと滅多にないよね、みたいな感じでなってしまっている部分も感じるのでもっと危機感を伝えていったり、そういう役目として動けたらいいなと思っている」

矢野小学校でPTA会長を務めていた太田さん。
近隣小中学校のPTAなどとともに動き出しました。

【太田郁恵さん】
「矢野であった豪雨災害のことを紙芝居にしたいと思って…大人の方々はもう体験記とか作ってくださっている方がいるが子どもが読みやすいものはまだまだ少ないかなと思ったので」

【提供写真】
当時1年生だった3つの小学校の6年生、100人以上が寄せた記憶がベースの紙芝居。

【太田さん】
「これくらいぐちゃぐちゃになったということが衝撃だったんじゃないかなと思うので…」

絵で答えた児童の記憶はそのまま使いそのほかは、矢野中学校の生徒が絵を描きました。

【先月28日】
そして、先週土曜日…。
これまで公民館や地域の祭りで上演してきた紙芝居を初めて矢野小学校のステージで披露しました。

「車が流れて重なっとる!「私の町がぐちゃぐちゃ…」
「危ないけんそこに座っときんさい」「ええ~私も何か手伝いたい」
「やのかは何もできない自分を悔しく思いました」

授業参観後に行われた上演…。
児童だけでなく保護者も真剣な表情で聞き入ります。

【3年生】
「矢野にもこんなことがあったんだなと思った」
【1年生の保護者】
「(妻がこの子を)妊娠中でしたね」
(Qまだ生まれていなかった?)「そうね、覚えていないもんね」
(Q記憶を繋いでいくというところが大切になる?)
「そうですね、なので紙芝居がつくられて本当にいいと思った」

【今月2日】
おととい…学校に招かれた太田さん…。
6年生の児童が矢野地区の課題について調べる中で、豪雨災害が忘れさられているんじゃないかと考え直接話を聞きたいとお願いしたのです。

「紙芝居を作ってよかったなと思ったことはありますか」
「きょうこのみなさんが質問してくれている瞬間が一番良かったかもと思うくらい本当に矢野で起きたことを忘れてほしくないというか知っておいて欲しいし」「みなさんに伝えられたことがよかったなと私は思う」

そして、いつでも誰でも見られるように増刷した紙芝居を寄贈しました。

【6年生】
「(自分の)誕生日と(発災の)その日が重なってしまったという思いで(当時のことを)知ろうかなというのはすごく思いがある」
【6年生】
「太田さんの話を聞いて知ったこともあったから将来自分も紙芝居みたいなものを作って伝えていきたい」
【6年生】
「私たちも5歳とかだったからほとんど記憶がないし知るキッカケとかもなかったからそういう面で今の1年生とか2年生に伝えていきたい」

※紙芝居は矢野小以外の3つの小中学校にも寄贈。