【64年前の写真】いったいどこで撮られた? 大きな川と電車も見える橋はどこ? 衣笠アナが探索! 広島

11/2(月) 17:47

「ひろしま満点ママ!!」から、懐かしい1枚の写真からその場所の今昔をたどる「タイムスナップ」です。
今回、衣笠アナが探し出したのはどんな場所だったのでしょうか?

今回は 1962年、昭和37年に撮影されたこちらの写真。どの辺りから写されたものか推理してもらいましょう。

【衣笠梨代アナウンサーとディレクター】
「なんか大きな橋が特徴的な橋があります。橋が大きいんで、川も結構、幅が広い川な気がしますかね。えーあと…え?何これ。電車じゃないか?バス?電車?ちっちゃい、何かが走っています」

【衣笠梨代アナとディレクター】
「何だと思います?」
「電車!」
「電車」
「電車合ってます?えー、細いですね。ちっちゃい。なんかちっちゃい線路って言うと、変ですけど。でもこれはもう、変わってるでしょうね。まずはちょっと橋を手がかりに行ってみましょう!お願いします」

写真の場所を探すため、大きな川沿いに出て順に橋を見ていくことに。

【衣笠アナとディレクター】
「ちょっと見えますかね。 見えます、この橋の感じ、この橋の感じ見えるかな。 ここから見ていきますと、うわぁ、欄干の感じはちょっと全然違う。 橋の、でも大きさというか、長さみたいなのは、ちょっと近いかなという気も」
「電車はどうですか?」
「電車。電車は、もう、すぐこの辺走っとかないといけないんですよ。このまま今あるとすると。もうここぐらいなんで、ちょっとね、電車だって走ってるとしたら、もうちょっと北の方に行ってみないといけないですね」

川の幅は写真と同じように見えますが、欄干の形は違っていて、どうやら庚午橋ではなさそうです。

次は、一つ上流にある、旭橋へと向かいます。

【衣笠アナ】
「バイパスが通ってるんで、結構橋のね、感じも変わってますけれど、ちょっと渡ってみましょうね。 はい。 また橋の感じを、ちょっと見てみますけど。 うーん、どこを見比べてもあまり一緒ではないです。あっちの橋もどうですかね。 ここの橋って 、2つ橋がかかってる感じになってますけど、ちょっとあっち側の橋も違うかな」

西広島バイパスが上を通る新旭橋と、その隣の旭橋。ここも写真の場所とは違うようです。

すると衣笠アナ、何かを発見しました。

【衣笠 アナ】
「あ、電車走ってる。 もっと向こう。見えます?今ちょうど、あの電車走ってるところ。 え? あの辺って、どうなってましたっけ? ちょっとやっぱり、電車がここに走ってるんで、もうちょっと向こうまで。 上がってみましょう。 ね」

旭橋から、さらに上流の橋で電車を見つけた衣笠アナ。

電車の方向へと向かいますが、何か手がかりも欲しいところ。この辺りをよく知る人を探すため、近くのお店で聞き込みます。

衣笠アナが訪ねたのは 、50年近く営業するタカムラ理容院。 突然のお願いにも関わらず、快く取材に応じていただきました。 果たして、有力な手がかりをつかむことはできるのでしょうか。

【タカムラ理容院 高村 秀国さんと衣笠アナ】
「この橋だったら、どっちの橋だろう。新己斐橋か、もう一個下の橋かの」
「この電車とか、覚えがあったりされます?この線路、電車」
「これは何線だったかな。これ山手の方を通る線がある。山手の方から行って、可部の方に行く」
「可部線?可部線じゃなくて?」
「可部線じゃない、何とか言うんだ」
「えー!線の名前が」
「ちょっと、思い出せんね」
「えー」

電車についてはわからなかったものの、写真の橋は、新己斐橋ではないかという情報を入手。早速、確かめに向かいます。

【衣笠アナ】
「ちょっと、この辺りから見ていくと、いいんじゃないかと思うんですけれども。さあさあさあ、見てください!欄干のこのアーチ、一緒です!来た!新己斐橋。この橋ですね」

特徴的な欄干の形が、ぴったり一致。写真に写っているのは、新己斐橋で間違いなさそう。ですが、その奥を走る電車と線路が、見当たりません。

【衣笠アナ】
「電車来た」

目の前に姿を現したのは、新己斐橋を走る広島電鉄の路面電車。

【衣笠アナ】
「誰か。ちょっと中から手を振ってくださいました」

衣笠アナ、電車の中から手を振ってもらって嬉しそうって、喜んでる場合ではありません。気になるのは、写真に写っている電車の謎。 その謎に迫るため、もう少し周辺を探ってみることに。

そこで衣笠アナが目をつけたのが、こちらの美容院。 1948年、昭和23年創業のエミヘアファクトリーです。 長い歴史を持つこのお店なら、写真の謎について聞けるかもしれません。

【エミヘアファクトリー 小坂 菊義さんと衣笠アナ】
「これ懐かしい写真ですね、これね」
「そうですか」
「これ新己斐橋ですよね。 だから、これがこっちになったもんだから、これ必要ないから、取っ払われちゃったんですよね。もう、これ古くなってたんですよね。もう錆びてからね、鉄でね。で、まあ、ゆくゆくはどう言うか、もう撤去する、その代わりのものを作らなきゃいけないんで、これ作ったんじゃないかとも思います。これをね」
「ちなみに、この電車とかには乗られてました?」
「もちろん乗ってましたよ。己斐から土橋行って、それから紙屋町の方行くのにね、ここ通ってましたよ。これ、こんな立派なもん作って、何するんかなと思って。私はね」
「今いっぱい車がね、通ってます。自転車も走りますけど」

64年前に撮影されたこちらの写真。 映っていたのは、現在の新己斐橋が完成する前の風景でした。写真の右奥を走っていたのは、広島電鉄の路面電車。 当時、今とは違って、道路とは別にかけられた電車専用の橋を走っていました。 その後、広電の軌道は新己斐橋へと移され、写真から三年後の1965年に、道路と電車軌道を合わせた現在の新己斐橋が完成。

それまで使われていた電車専用の橋は、その役目を終えました。 橋も電車が走る場所も、時代とともに姿を変えてきましたが、六十年以上の時を経て、その面影は今へと受け継がれています。