「誰かがやらねば」半世紀愛された宮島口の銘菓『みせん煎餅』が復活!伝統を受け継いだ60歳男性の挑戦!

9/8(火) 18:26

特集です。
1度は半世紀の歴史に幕を下ろした廿日市市宮島口の老舗菓子店の土産、「みせん煎餅」。
その復活に力を尽くした男性を取材しました。

優しい甘さに香ばしいピーナッツの香りが絶妙な宮島土産、「みせん煎餅」。
今月、廿日市市宮島口にオープンした菓子店「花見堂」で販売が始まりました。
店主の花見堂英延さん、60歳。
およそ30年間、廿日市市役所に勤め、その後は「おおの自然観察の森」で自然観察指導員をしていました。

そんな花見堂さんがなぜ、菓子店を始めたのか。
実はこの「みせん煎餅」。
半世紀にわたって宮島口のフェリー乗り場近くの「みせん本舗岩むら」で親しまれてきた、伝統の土産菓子でした。
しかし、店主が高齢になり後継者もおらず、2年前、惜しまれながら閉店…。
その「みせん煎餅」を何とか、復活させたいと動いたのが花見堂さんでした。

【花見堂英延さん】
「辞めるという話を聞いたときに、『みせん煎餅』がなくなるというのは宮島口にとってかなり損失だと思った。職場に持っていってお願い事するときも『みせん煎餅』を持っていくとみなさんご存じで、『これおいしいやつよね』と言う。もみじ饅頭はたくさんあるが、『みせん煎餅』やっているのはここだけなので、それは誰かがやらないといけないなと思って」

市役所時代には宮島口の商店街を中心としたまちづくりに携わっていたこともあり、「みせん煎餅」への思いは人一倍、熱かった花見堂さん。
覚悟を決め、「みせん本舗岩むら」の店主だった岩村さんに相談しました。

【「みせん本舗岩むら」元店主 岩村孝さん】
「『やりたいから道具を分けてほしい』と言われてびっくりして、すごいやつがおるなと思って。教えるといったらおこがましいけどフォローはしますよと」

煎餅を焼く機械を譲り受け、焼き方を教わり練習を重ねました。
小麦粉に砂糖などを混ぜた生地とピーナッツを型に入れて焼き上げる「みせん煎餅」。
一度に20枚を焼く機械の操作や職人技の焼き加減に苦戦しながらも岩村さんからなんとか合格をもらえました。

【岩村孝さん】
「今から10年くらいやって面白かったなと思ってくれたらいい」
【花見堂英延さん】
「もう本当に岩村さんなしでは成し得なかった」

さらに、花見堂さんの周りにはこの挑戦をサポートする人が集まってきました。
アルバイトとして店を手伝うのは趣味の音楽を通して知り合った仲間たち。

【アルバイト(音楽仲間)】
「すごいことですよね。復刻させるという動力がすごいと思って、ぜひ手伝いたいと思って」

そして、迎えたオープン当日。
花見堂さん、かなり緊張しています。

【花見堂英延さん】
「ギター1本で出るその前みたいな感じ。引き継ぐまでに2年かかったので、やっとここまで来たかなという感じですね」
Q:客のどんな顔が見たい?
「やっぱり『みせん煎餅が復活してよかった』という顔」

店の前にはオープンを待つお客さんの姿が…。
「営業中にしました」
「みせん煎餅」の復活を心待ちにしていた人が詰めかけました。

「5枚入りを3つください」
「昔、宮島口店(みせん本舗岩むら)に子供を連れて行っていた」

自分用や家族用はもちろん、県外の友人への贈り物など多くの人の手に渡ります。

【購入客は…】
「『ああ、もうないな』と思っていたら、それを引き継ぐと聞いて、なら買いに行かないととオープンを待っていたよかった、これでまた味わえる」
「よく2年で復活させていただいて本当にありがたい素晴らしい」
「寂しくてやっぱり、うれしい。しかも全部手焼きなのですごく貴重」

この日、お客さんが途切れることはありませんでした。
店内には引退したはずの岩村さんが煎餅を焼く姿も…。
お客さんの笑顔を見て花見堂さんもほっとした表情です。

【花見堂英延さん】
「安心した。60になったばかりなので先はそんなに長くないとは思うが、次の若い人にバトンを渡す役というか、今まで岩村さんが一人でバトンをもって走ってきたのを自分が受け継ぐので、またそのバトンを誰かに渡す役になれたらいい。『みせん煎餅』を宮島口から無くさないようになんとか頑張っていきたい」

宮島の伝統的な土産物のひとつ「みせん煎餅」。
地域を愛する人の思いが優しく、甘い味をきょうも多くの人に届けます。