天皇皇后両陛下が訪れた『広島市豪雨災害伝承館』 「同じ思いをしてほしくない」2人の副館長の思い 

6/20(金) 20:30

天皇皇后両陛下は20日、「広島市豪雨災害伝承館」を訪問されました。
11年前、77人の命が失われた災害の記憶を伝承するこの施設には、被災者の思いが込められていました。

20日、天皇皇后両陛下が訪問された「広島市豪雨災害伝承館」。
両陛下は、高岡正文館長から当時の災害の様子を熱心に聞かれていました。

両陛下は、被災者や被災者遺族とも懇談されました。
その中には、災害復興に貢献した2人の姿もありました。
伝承館の副館長を務める畠堀秀春さんと松井憲さんです。

11年前、安佐北区と安佐南区を襲った豪雨。
この災害を機に広く知られるようになった「線状降水帯」がもたらした猛烈な雨は、未曾有の土砂災害を引き起こし、77人の尊い命を奪いました。
松井さんの自宅も被災しました。
番組は、4年前の松井さんを取材していました。

【松井憲さん】
「本当にバケツをひっくり返したような1時間に100ミリの雨でしたから」

自宅の前は想像を超える光景だったと言います。

【松井憲さん】
「言葉は出ないですね。今まで見ていた光景とは全く違う世界を見たので全然声が出なかった」

畠堀秀春さんも特に被害が大きかった地域で被災しました。

【畠堀秀春さん】
「これを見てください。ここに墓があって」

自宅は全壊こそ免れたものの、大きな被害を受け納屋も畑も失いました。

【畠堀秀春さん】
「泥だらけのこの和室の写真が目を覆いたくなるくらい。仏壇があって床の間があって。畳じゃないです。泥なんです。建て替えた方がいいくらい。家が1軒建つくらいお金がかかりました」

被災から2年、2人は行動を起こしました。
「被災地の経験を伝える」「被災者が前を向いていける」そんな場所を作りたい。

【畠堀秀春さん】
「みんなが集まることで何か地元からヒントが出てきたものを活動の一部に入れ込んでいく。みんなが主人公」

【松井憲さん】
「心の復興と伝承をしていくことで減災につながっていく」

畠堀さんの自宅のそばに人が集まる場所を作りました。
お好み焼きを作り、被災者も、そうでない人も気軽に集えるサロン「復興交流館モンドラゴン」です。

【畠堀秀春さん】
「地元の人が楽しめるような時間・空間を作る。それが復興への大きな心の芽生え」

「モンドラゴン」には、「復興と伝承」をテーマに被災当時の写真が展示されています。
被災地の復興と地域の交流の拠点として誕生して5年目。
時間の経過とともに、向かうべき先が見えてきました。
館長を務めた畠堀さんは、当時、こう話していました。

【モンドラゴン館長(当時)畠堀秀春さん】
「我々からやっぱり一歩足を前に出して何かをしていく事を取り組まないと、心は荒んでますから。どうするかという事を見つけ出すには自分たちで思いを前向きにしていかないと何もできない」

この頃、被災地に災害の記憶を伝承する施設の建設計画が持ち上がります。

【松井憲さん】
「経験したことを伝えていく場所はいっぱいあると思う。どういう災害が起きるのかを自分たちで勉強してリスクを回避できるようなそういう場所を作りたい」

防災を教育に取り入れる拠点を作り、復興への方向を示す、学びの場所を作る。
モンドラゴンで培われた思いは、新たに誕生する施設に引き継がれていきました。

【松井憲さん】
「この地区に生活している人だけのためではなくて、その災害から身を守る事を学んでもらいたい。色々な人にできれば世界中の人に教えられるだけの施設にしたい」

2023年、9月1日。
災害から、9年たった被災地に「広島市豪雨災害伝承館」は誕生しました。
全国から集まった多くの人たちが、ここで、防災や減災、災害からの復興の方法を学んでいます。
この日は、救急救命士など、将来、災害に関連する職業を目指す大学生たちが、研修に訪れました。

【大学生】
「見学の施設よりも研修の施設の方が大きいのが驚いた。このような体験をする事はほとんどないと思うのですごくいい体験ができました」

【大学生】
「実際に災害が起きた時に被害を最小限に抑えるために家族や友達に伝えていきたいと考えています」

開館から1年間で、伝承館には予想の7千人を上回る2万2千人が訪れました。
そして、その取り組みが評価され、去年、地域で発生した災害の状況や教訓を伝承する施設として、政府から「NIPPON防災資産」に認定されました。

【松井憲さん】
「2度とあのつらい思いを多くの人に経験してほしくない。そのためには自分たちが備えるしかない。そのスキルやテクニックをここで学んでほしい。天皇皇后両陛下が来られて全国に(施設が)知られるようになる。『じゃぁ行ってみようか』、そこで防災や減災をやらなければいけないと思ってもらう一歩だと」