クラタ食品 有限会社(広島県)
ラーメンに懸けた夢!倒産からの逆転劇
今回は、地域の食を支えてきた製麺会社が突如倒産し、夢を絶たれた三代目社長の物語です。会社再建のため、名だたる麺文化に対抗すべく彼が選んだのは、「福山ラーメン」の開発でした。地元企業と組み、醤油スープを一から開発し“福山にしかない味”を目指しますが、期待に反してラーメンは売れません。全国的な知名度を誇る「尾道ラーメン」という高い壁に阻まれたのです。しかし、まさかの香港で奇跡が起きます。なぜ地元で売れなかったラーメンが世界で愛されたのか?絶望の淵から世界の食卓へ、一杯のラーメンに人生のすべてを懸けた男の「そ~だったのか!」に迫ります。
飲食店や一般家庭向けに、一日に約4万食もの麺をつくる「クラタ食品」。1961年に創業した当時の主力商品はうどんでしたが、現在は、パスタ・そうめん・焼きそばと、あらゆるニーズに応え、中でも中華麺は100種類以上製造しています。カンパニーの社長・倉田安彦さんの祖父が会社を立ち上げ、父の代で地域一番の製麺会社に大きく成長。しかし、倉田さんが大学生の頃、父が複数の友人の債務保証人になったことで資金繰りは一気に悪化。会社は不渡りを出し、さらには父が失踪していまいます。倉田さんは、母や親戚が働いている会社をなくすわけにはいかないと、大学卒業後、会社を継ぐことを決意。しかし、うどんでは香川に勝てないと思い、地元・福山の名前を掲げた、家庭でも楽しめるラーメンをつくることにしたのです。
地元・福山のラーメンにふさわしい味を模索していた時、ふと思い出したのは、かつて父によく連れて行ってもらったラーメン屋さんの味。福山でつくられた醤油と背脂を使い、地元企業と一緒にスープを一から開発。「福山らーめん」を完成させましたが、思ったほど売れませんでした。それでも立ち止まっているわけにはいかないと、みそ・豚骨・塩など瀬戸内の個性を詰め込んだラーメンシリーズ「瀬戸内麺めぐり」を次々に開発しました。すると、香港のバイヤーがその商品に目をとめたのです。当時、香港では日本のラーメンが空前のブーム。豊富なラインナップとこだわりの味づくりが、香港のバイヤーに強く響いたのです。さらに、カンパニーは完全菜食主義者向けの「ヴィーガンラーメン」を開発し、カンパニーのラーメンは現在、世界40カ国へと輸出されているのです。