失った日常を取り戻そう… ウクライナから避難してきた夫婦が運営するカフェ 故郷料理でおもてなし 広島
7/20(月) 18:35
特集は、先月末、広島市にオープンしたカフェを取り上げます。
店を運営するのはロシアによる侵攻を受け、ウクライナから避難してきた夫婦たち。
失った日常を取り戻そうと踏み出す人たちを取材しました。
店を運営するのはロシアによる侵攻を受け、ウクライナから避難してきた夫婦たち。
失った日常を取り戻そうと踏み出す人たちを取材しました。
色とりどりの花が迎える小さなカフェ。
聞こえてくるのはアコーディオンの優しい音色。
厨房で料理をつくるのはオレナさん、演奏するのは夫のサーシャさん。
夫婦は2022年、戦火のウクライナ東部から広島へ避難してきました。
サーシャさんは目が見えません。
故郷では音楽家として活動し、夫婦で小さなカフェも営んでいました。
聞こえてくるのはアコーディオンの優しい音色。
厨房で料理をつくるのはオレナさん、演奏するのは夫のサーシャさん。
夫婦は2022年、戦火のウクライナ東部から広島へ避難してきました。
サーシャさんは目が見えません。
故郷では音楽家として活動し、夫婦で小さなカフェも営んでいました。
【サーシャさん】
「リラックスできる音楽を流して、お客さんからも『ここは落ち着く、いい場所だね』と言ってもらえたのを覚えています」
音楽に耳を傾け、食事を楽しみ、誰もが思い思いの時間を過ごす。
そんな場所を二人は故郷で守り続けていました。
その日常は戦争によって突然失われました。
【サーシャさん】
「頭の上を飛行機やミサイルなど色んなものが飛んでいた。私たちは分かっていた。とにかくここから逃げないといけない。明日何があるかわからないから」
「リラックスできる音楽を流して、お客さんからも『ここは落ち着く、いい場所だね』と言ってもらえたのを覚えています」
音楽に耳を傾け、食事を楽しみ、誰もが思い思いの時間を過ごす。
そんな場所を二人は故郷で守り続けていました。
その日常は戦争によって突然失われました。
【サーシャさん】
「頭の上を飛行機やミサイルなど色んなものが飛んでいた。私たちは分かっていた。とにかくここから逃げないといけない。明日何があるかわからないから」
故郷を離れて4年余り。
2人に新たな扉を開いたのは難民支援をサポートしている広瀬ケーナさんです。
支援活動を行う中で命を守る支援だけでは人は前を向けない。
広瀬さんはそう感じていました。
【難民支援団体 カウンセラー 広瀬ケーナさん】
「命が一番大事だし、衣食住が大事なのはもちろんだと思うんですけど、毎日毎日お米があるから、人の精神や人生が大丈夫かって言ったら、そうじゃない。再起して、素敵な人生を歩んでいる自分たちとして人とつながりたい。そう思っていると思うんです」
2人に新たな扉を開いたのは難民支援をサポートしている広瀬ケーナさんです。
支援活動を行う中で命を守る支援だけでは人は前を向けない。
広瀬さんはそう感じていました。
【難民支援団体 カウンセラー 広瀬ケーナさん】
「命が一番大事だし、衣食住が大事なのはもちろんだと思うんですけど、毎日毎日お米があるから、人の精神や人生が大丈夫かって言ったら、そうじゃない。再起して、素敵な人生を歩んでいる自分たちとして人とつながりたい。そう思っていると思うんです」
もともとは留学生が集う場所だった民間施設を改修し、カフェをオープン。
オレナさん夫婦に運営を依頼しました。
【サーシャさん】
「奇跡だと思いました。ここで、自分の慣れ親しんだ仕事ができるからです」
【オレナさん】
「一番不安だったのは、日本人の口に合うかどうか。でも、また働けることが本当にうれしかったです」
オレナさんがウクライナで大切にしていた日課。
それは、自宅のバルコニーや庭で、季節の花を育てることです。
【オレナさん】
「花は常に身近にあって、家でもカフェでも、いろんな緑や紫、黄色の花を飾っていました。カフェの入り口にはキンポウゲの花を飾っていたんです」
故郷で親しんできた花のある暮らしはオレナさんにとって、新しい人生をはぐくむことでもあります。
オレナさん夫婦に運営を依頼しました。
【サーシャさん】
「奇跡だと思いました。ここで、自分の慣れ親しんだ仕事ができるからです」
【オレナさん】
「一番不安だったのは、日本人の口に合うかどうか。でも、また働けることが本当にうれしかったです」
オレナさんがウクライナで大切にしていた日課。
それは、自宅のバルコニーや庭で、季節の花を育てることです。
【オレナさん】
「花は常に身近にあって、家でもカフェでも、いろんな緑や紫、黄色の花を飾っていました。カフェの入り口にはキンポウゲの花を飾っていたんです」
故郷で親しんできた花のある暮らしはオレナさんにとって、新しい人生をはぐくむことでもあります。
音楽の仕事を失い、演奏することさえ諦めかけていたサーシャさん。
【サーシャさん】
「日本でまた音楽ができたことを感謝したい。長い休みだったので下手になりました。でも全力でまた演奏したい」
店内に響くのは、ウクライナで育まれた、家族の思い出が詰まった音楽です。
【サーシャさん】
「その頃の曲をよく覚えていて、今は、その曲を少しずつ来てくれているお客さんのために再現しようとしている」
【サーシャさん】
「日本でまた音楽ができたことを感謝したい。長い休みだったので下手になりました。でも全力でまた演奏したい」
店内に響くのは、ウクライナで育まれた、家族の思い出が詰まった音楽です。
【サーシャさん】
「その頃の曲をよく覚えていて、今は、その曲を少しずつ来てくれているお客さんのために再現しようとしている」
カフェを運営するのはオレナさん夫婦だけではありません。
内戦状態が続くミャンマーから逃れ、広島で学ぶ叡啓大学3年のニャンさん。
故郷・ヤンゴンでは、今も家族が暮らしています。
【ニャンさん(ミャンマーから避難)】
「今も爆弾が落とされたりたくさんの人が亡くなっています。私は平和的な流れになったらいいなと考えている」
祖国の平和を願いながら、異国で学び、暮らす日々。
【ニャンさん】
「ミャンマーという国がどういう国か、知らない人が多いです。まずはここ(カフェ)で、文化や料理を通して知ってもらいたい。お互いを知ることかな、まずはそこかなと思う」
内戦状態が続くミャンマーから逃れ、広島で学ぶ叡啓大学3年のニャンさん。
故郷・ヤンゴンでは、今も家族が暮らしています。
【ニャンさん(ミャンマーから避難)】
「今も爆弾が落とされたりたくさんの人が亡くなっています。私は平和的な流れになったらいいなと考えている」
祖国の平和を願いながら、異国で学び、暮らす日々。
【ニャンさん】
「ミャンマーという国がどういう国か、知らない人が多いです。まずはここ(カフェ)で、文化や料理を通して知ってもらいたい。お互いを知ることかな、まずはそこかなと思う」
店内に響くアコーディオンの音色。
訪れた人たちを優しく包みます。
厨房では、オレナさんが看板メニューのボルシチを仕上げます。
【広瀬さん】
「サービスしすぎじゃない?多いよ、儲からないよ」
【オレナさん】
「大丈夫、大丈夫。ウクライナスタイル」
たっぷりと盛り付けるのも、ウクライナ流のおもてなし。
【オレナさん】
「名前はオレナです」
「料理を食べてください」
「これはボルシチです」
初めて訪れる人にも、ウクライナを身近に感じてもらいたい。
そんな思いが、込められています。
訪れた人たちを優しく包みます。
厨房では、オレナさんが看板メニューのボルシチを仕上げます。
【広瀬さん】
「サービスしすぎじゃない?多いよ、儲からないよ」
【オレナさん】
「大丈夫、大丈夫。ウクライナスタイル」
たっぷりと盛り付けるのも、ウクライナ流のおもてなし。
【オレナさん】
「名前はオレナです」
「料理を食べてください」
「これはボルシチです」
初めて訪れる人にも、ウクライナを身近に感じてもらいたい。
そんな思いが、込められています。
【女性客】
「すごいおいしかったです。アコーディオンも生で聴いたのは初めて、すごい耳にやさしいしメロディーもよかった」
戦争や内戦で故郷を離れざるを得なかった人たち。
歳月とともに今ある生活を前向きに進めようとする思いを後押しする支援が今、必要とされていると広瀬さんは感じています。
【広瀬ケーナさん】
「難民だからとか、紛争で悲惨な目にあったからではなくて、それを乗り越えていっている強さとか、それで普通に素敵な人生を取り戻していっている姿とか、そういうものを一緒に味わいながら歩んでいきたい」
【オレナさん】
「サーシャは音楽。私は料理をして」
「音楽を聴いて、喜びを感じ、ボルシチを食べに来てほしい」
【サーシャさん】
「かわいそうだと思ってここに来てほしいわけではなくて。来るお客さんにすごくおいしい『ボルシチ』『ヴァレニキ』だと言ってもらいたい」
たどりついた広島で夫婦の日常はきょうも続いています。
「すごいおいしかったです。アコーディオンも生で聴いたのは初めて、すごい耳にやさしいしメロディーもよかった」
戦争や内戦で故郷を離れざるを得なかった人たち。
歳月とともに今ある生活を前向きに進めようとする思いを後押しする支援が今、必要とされていると広瀬さんは感じています。
【広瀬ケーナさん】
「難民だからとか、紛争で悲惨な目にあったからではなくて、それを乗り越えていっている強さとか、それで普通に素敵な人生を取り戻していっている姿とか、そういうものを一緒に味わいながら歩んでいきたい」
【オレナさん】
「サーシャは音楽。私は料理をして」
「音楽を聴いて、喜びを感じ、ボルシチを食べに来てほしい」
【サーシャさん】
「かわいそうだと思ってここに来てほしいわけではなくて。来るお客さんにすごくおいしい『ボルシチ』『ヴァレニキ』だと言ってもらいたい」
たどりついた広島で夫婦の日常はきょうも続いています。
