瀬戸内の島から生まれたクラフトビール ―― 元トラック運転手が夫婦で一念発起

7/25(土) 09:00

広島・大崎上島に誕生したクラフトビール醸造所が、島の恵みを瓶に詰め、静かに全国へその名を広げている。

島の築100年超の建物で産声を上げた、大崎上島初の醸造所

瀬戸内海に浮かぶ離島・大崎上島(広島県)。フェリーでしか渡れないこの島の木江地区に、2024年4月、ひとつの小さな扉が開いた。旅館として使われていた築100年を超える建物を使って、クラフトビール醸造所「ミチシオ・ブリューイング」がオープンした。
醸造所のスペースはわずか6坪。その狭さが、このビール造りの原点を物語っている。オーナーの森隆則さんは、ビール造りの経験はゼロ。長年トラックの運転手として生計を立て、「飲んだり食べたりすることが純粋に好き」という人だった。「自分が造ったビールが飲めたらいいな」というシンプルな夢が、すべての始まりだった。

子どもの巣立ちが、夫婦の背中を押した

醸造所を立ち上げようと決意したのは、一人息子が大学進学で島を離れたタイミングだったという。「2人になったとき、寝るのが早くなった」と隆則さんは笑うが、その言葉の奥には、静かになった家への戸惑いと、新たな一歩への渇望が滲む。
妻・愛子さんも、その背中を押した一人だ。「やったことないことをやるのがすごく面白い。できるかどうかも分からないのに--やりたいと思ったらやる」。とはいえ2人にとって醸造は未知の領域。島根県の醸造所に研修に赴き、ゼロから技術を学んだ。設備投資のための借金を「高級車を買った気分でやろうや」と言い合える夫婦の覚悟は、25年の結婚生活が育んだ信頼の厚さそのものだ。

6坪の工場に、確かな役割分担あり

醸造所の中での役割はきっぱり分かれている。愛子さんは言う。「私、工場長なんですよ」。隆則さんが「代表」として対外的な顔を担い、醸造の現場を仕切るのは愛子さん――「工場内から出たら(夫が)代表」という言葉が、この夫婦のチームワークを端的に表している。
島の人口が減り続ける木江地区で、隆則さんは「自分が育ってきたところが寂れていくのは寂しい」と率直に語る。だからこそクラフトビールという"珍しさ"を武器に、島の外からビールファンを呼び込み、近所を賑わせたいという思いがある。起業の動機には、商売以上の「地元愛」が根を張っている。

島の農家と二人三脚で生まれる味

ミチシオ・ブリューイングのビールは、レモン・トマト・ミカンといった大崎上島産の農作物を使った3種類が定番だ。開業からわずか3年で国内の審査会において金賞を獲得するなど、品質は着実に評価されている。
特徴的なのは、農家との距離の近さだ。この日、隆則さんと愛子さんが訪ねたのは幼なじみ・中原幸太さんが営む農園。次の新商品に使うフルーツを一緒に選ぶ作業は、単なる食材調達ではない。「どういう思いで作っているかをダイレクトに聞ける」(隆則さん)という言葉通り、生産者の声がビールの味に宿る。
中原さんも「島で新しい事業に取り組む人は少ない。これは応援せんわけにいかんでしょ」と、収穫期を過ぎた夏ミカンをあえて残して待っていた。島ぐるみの応援が、1本のビールを支えている。

黒ビール×夏ミカンーー新たな挑戦が始まる

現在、夫婦が挑んでいるのは初めての黒ビールと夏ミカンのコラボレーションだ。発酵機の中で熟成が進む「真っ黒な液体」には、この夏への期待と不安が詰まっている。「毎回新しいものを造るたびにドキドキワクワクする。でも、楽しいんですよね」と隆則さんは目を細める。
愛子さんは「色々なビールを作りたい。でもその中に、やっぱり島らしさを」と言う。大崎上島ならではの一杯を追い求め、6坪の小さな醸造所から、今日もビールが生まれていく。