西日本豪雨からまもなく8年 12人が犠牲 「大原ハイツ」で町長ら献花「思い出すのも辛い」広島・熊野町
6/29(月) 18:28
平成に起きた大水害の一つ・西日本豪雨から間もなく8年です。
12人が犠牲となった熊野町の「大原ハイツ」には献花台が設置されました。
西日本豪雨で甚大な被害を受けた熊野町川角の住宅団地「大原ハイツ」。
【野川アナウンサー】
「8年前の7月6日、ここ「大原ハイツ」には、4000トンを超える土石流や流木が流れ込みました」
当時、大原ハイツ近くの山では3ヶ所で土石流が発生し、12人の尊い命が犠牲となりました。その後、住宅だった場所を「大原祈念公園」として整備し、災害の教訓を後世に伝える「災害碑」が建てられました。
29日、熊野町の三村裕史町長が公園を訪れ、住民によって設置された献花台に花を手向けました。
【三村裕史 熊野町長】
「早くも8年も経ったのかという気持ちが強い」
Q思い出すのも辛い?
「いつも思います」
慰霊碑のそばには、亡くなった人と同じ数のひまわりが並べられ、追悼の気持ちが表明されています。
8年前に土砂災害が起きた場所には、砂防ダムといったハード面の整備が進められました。
【三村裕史 熊野町長】
「整備はしていますが、町全体で見れば砂防堰堤の絶対的な数がまだ不足している。常日頃の危機意識を持っていきたい」
来月4日には住民による慰霊の集い「キャンドルナイト」も予定されています。
12人が犠牲となった熊野町の「大原ハイツ」には献花台が設置されました。
西日本豪雨で甚大な被害を受けた熊野町川角の住宅団地「大原ハイツ」。
【野川アナウンサー】
「8年前の7月6日、ここ「大原ハイツ」には、4000トンを超える土石流や流木が流れ込みました」
当時、大原ハイツ近くの山では3ヶ所で土石流が発生し、12人の尊い命が犠牲となりました。その後、住宅だった場所を「大原祈念公園」として整備し、災害の教訓を後世に伝える「災害碑」が建てられました。
29日、熊野町の三村裕史町長が公園を訪れ、住民によって設置された献花台に花を手向けました。
【三村裕史 熊野町長】
「早くも8年も経ったのかという気持ちが強い」
Q思い出すのも辛い?
「いつも思います」
慰霊碑のそばには、亡くなった人と同じ数のひまわりが並べられ、追悼の気持ちが表明されています。
8年前に土砂災害が起きた場所には、砂防ダムといったハード面の整備が進められました。
【三村裕史 熊野町長】
「整備はしていますが、町全体で見れば砂防堰堤の絶対的な数がまだ不足している。常日頃の危機意識を持っていきたい」
来月4日には住民による慰霊の集い「キャンドルナイト」も予定されています。
