市民を驚かせた回転展望ラウンジ 街の成長と歩んだ『ひろしま国際ホテル』営業終了「57年よく頑張った」

5/15(水) 19:02

半世紀以上に渡って営業したホテルの歴史が15日、幕を閉じました。
昭和から平成、令和と街の成長とともにあったホテルの歩みをツイセキしました。

半世紀以上前に建設され、多くの人の記憶に刻まれたホテルが、15日、営業を終えました。

【支配人】
「どうもありがとうございました」

【最後の宿泊客】
「結構いろいろなところに泊まっていますが (こんなホテルは)ないですね。歴史を感じるホテルです」

1966年に誕生した「ひろしま国際ホテル」
市民を驚かせたのは、ホテルの屋上に完成した座席が回転する展望ラウンジでした。

【街の人は】
「珍しくはありました。珍しいので行ったというのはある」
「半世紀ぐらい前、まだ回っている頃に行きました。回っている頃に行って、そういうのは珍しかったです。広島では」

建物が回転するのではなく、お客が座っている場所がターンテーブルのように回る構造でした。

【街の人は】
「不思議ですよね。あそこの部分だけがぐるぐる回って」

なぜ、こんなホテルが誕生したのか?創業当時の意外なエピソードが明かされました。

【ひろしま国際ホテルを運営 東洋観光グループHD・今井 誠則 代表】
「単純にホテルニューオータニを真似しただけです。あれはそんなに難しい技術ではなくて、ただ床にローリングを置いて、あとは電気で回すだけですから、電気代もそんなにかからないです」

【矢野寛樹ディレクター】
「ここが創業当時、みんなの注目を集めたスカイラウンジです。57年間ずっと使われ続けて今こういう状態です」

創業と同時にオープンしたレストラン。店内のデザインは都会的で斬新なものでした。
しかし・・・。

【東洋観光グループHD・今井 誠則 代表】
「ホテル内のレストランというだけで敷居が高いところがあって、1階のレストランはずっと閑古鳥で」

そこで、起死回生の一手として繰り出したのが・・・

【東洋観光グループHD・今井 誠則 代表】
「トルコランチというものを出したところ、これが、かなりヒットしました」

かつて、ここには映画館がありました。時代は、高度成長期、人々の生活が目まぐるしく変化する中で、このホテルは誕生しました。

【東洋観光グループHD・今井 誠則 代表】
「だんだんと映画がだめになると同時に『ホテルが今からはいいだろう』という父親の発案でした」

竣工当時の写真を見ると、ホテルの周辺は、今のような繁華街ではなかったことが分かります。
ホテルの誕生が、周辺に賑わいを生み出しました。
広島のシンボルともいえる新たなホテルは、歴史の舞台にもなりました。

1977年、8月。この年、14年ぶりの統一大会となった「原水爆禁止統一世界大会」。
11年ぶりに参加したソビエトをはじめ、30か国が、核兵器の廃絶に向けて、討議を重ねたのもこのホテルでした。

この場所に、特別の思いを持つ人もいます。

広島市内で、「ちゃんこ料理店」を営む石川 清文さん。
かつて、石川さんは力士として活躍しましたが、1996年、引退して廃業しました。

【元安芸の國 ちゃんこ料理 安芸の国 石川 清文さん】
「力士を引退した時に、応援してくれた人が集まって、引退記念の激励会を開いてくれた。その時の会場が国際ホテルでした。広島でお世話になった方にお礼のあいさつをする機会を作ってもらえた場所なので」

あの日から、27年。
今でも、石川さんにとって、特別な場所です。

【元安芸の國・石川 清文さん】
「ホテルの前に行ったりとか、近くでホテル見たりすると、僕の第2の人生はここからスタートしたんだなという気持ちになる場所なので、大切な場所です」

かつて、このホテルは時代のシンボルでした。

【東洋観光グループHD・今井 誠則 代表】
「57年よく頑張ったなと。建物もですが、社員もよく頑張ってくれたし」

今後、建物は取り壊され、2027年7月には、この場所に新しいホテルが、建設されることになっています。

高度経済成長期に誕生し、街の成長とともに歩んできたホテルは、次はどんな姿を見せてくれるのでしょうか。

<スタジオ>
【コメンテーター:木村文子さん】
(女子100mハードル元日本代表・エディオン女子陸上部アドバイサー)
「本当に歴史を感じる映像がたくさん流れてきたが、元力士の石川さんのお気持ち、すごくわかる部分がある。私も重要な試合の前に泊まったホテルなどは、やはり通るたびに思い出がよみがえるので、そういった方がたくさんいらっしゃるのかなと感じる」