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被爆からの復興を見つめた「広島大仏」 半世紀ぶりの里帰りに奔走した住職

8/3(水)  18:39 掲載

シリーズ「あの日をつなぐ」です。戦後、広島の復興を見つめてきた広島大仏。その後、行方不明となりますが奈良県の寺で発見され、広島への里帰りが実現しました。今回の里帰りを実現させた住職の思いに迫ります。

【梅田記者】
「奈良県安堵町の閑静な住宅街にある極楽寺に来ています。きょう午後からこちらで法要が行われるということで会場の準備が着々と進められています。こちらに安置されている広島大仏。半世紀の時を超えて、いよいよ里帰りに向けて動き出します」

広島大仏が誕生したのは1201年、今の山形県で作られたと伝えられており、被爆から5年後の、1950年、西蓮寺に安置されると、原爆で焼け野原となった広島の街で、復興のシンボルとして広島市民の心の拠り所となってきました。

ところが平和記念公園が作られることになり、安置されていた西蓮寺も移転されると、半世紀に渡って行方不明に。いつしか、街の人々からも広島大仏は忘れ去られていきました。
しかし、2011年、田中住職が写真などを調べ、専門家による鑑定も経て極楽寺の大仏が広島大仏だと判明しました。

【極楽寺・田中全義住職】
「最初は驚きというか、信じられない気持ち。このことがわかって、すぐに出開帳をやろうという気持ちにも正直ならなくて、資料を見ると、これは広島の人に伝えないといけないなと背中を押されるような気持ちに変わってきた」

広島大仏の里帰りを決意した田中住職は、すぐに動き出します。今年4月に、広島マツダなどと協力して、里帰りプロジェクトを発足させました。それから数か月…クラウドファンディングで費用を集め、広島大仏の里帰りが実現することになりました。無事に法要を済ませると、翌日、大仏は一度解体され、丁寧に梱包されて広島へと旅立ちました。

【極楽寺・田中全義住職】
「無事に送り出すところまでは何とかできたなと。ちょっとほっとしています。思ったより私の中では解体するにも気持ちよくお身拭いしているような見方ができた」

そして6月28日の夜…

「奈良県から運ばれてきた広島大仏、今、ゆっくとおりづるタワーへと搬入されます。この後、一般公開に向けて準備が始まります」

およそ370キロの旅路の末、ついに広島大仏は里帰りを果たしました。
しかし、大仏が大きくエレベーターでは運べないため、スロープを使って人の力で押していきます。作業は、日付をまたいで行われ、ようやく、おりづるタワーの12階へと運び入れました。田中住職も奈良から駆け付け、大仏の搬入を見守りました。

【極楽寺・田中全義住職】
「本当に一人一人の力が合わさったらこれだけのことができるんだなと。昔と今とが重なるような風景だった」

そして7月1日、広島にあるお寺の僧侶が宗派を超えておりづるタワーに集まると、開眼法要が営まれました。法要後には一般公開も始まり、おりづるタワーには多くの人が訪れました。

【訪れた人は】
「見守ってもらって、人の不安の中で心のよりどころになるような存在になってくれたらうれしい。(広島に)戻ってこられてきっと大仏様もうれしいんじゃないかと」

【極楽寺・田中全義住職】
「10年少し、出開帳ということを言ってからいろんなことがあってそういう映像がフラッシュバックして皆さんその時、その時に力をわけていただいてその点が今、線となって今回の出開帳に歩んだんだなと」

広島大仏に込められた平和への願い。その思いを感じ、里帰りさせることを決意した田中住職。ロシアによるウクライナ侵攻など、平和が崩れつつある世界の中で、大仏に込められた平和への思いを多くの人に感じてほしいと言います。

【極楽寺・田中全義住職】
「平和と言うのは簡単でも、それは我々が作っていかなければならない。あくまでも仏様は道を作っていただける。歩いていかなければならないのは私たち」

半世紀ぶりに故郷に帰ってきた広島大仏。来月1日までおりづるタワーから、復興を遂げた広島の街を見つめます。

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