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「こんなに見えるんだ!」感謝の声 在宅医療がつなぐ「角膜提供」 地域に根差す医師の挑戦 【広島発】

6/15(水)  18:53 掲載

皆さんは「献眼」をご存じでしょうか?自分の死後、目がよく見えなくて困っている人へ角膜移植のために眼球を提供することです。提供希望者は広島ではひろしまドナーバンクに登録できます。そんな中、今、新しい形で献眼の普及に取り組み始めた医師が広島にいます。

「おはようございます。よろしくお願いします。」

福井英人さん。取り出したのは聴診器。カジュアルないでたちですが、お医者さんです。
地域に根差した在宅医療に取り組んでいます。
福井医師は、折を見て、患者に伝えることがあります。

【福井英人医師】
「家でいつかお看取りになったときに目の黒目の部分が人にあげることができる。目の見えない人にあげることができる。もしそういう希望があったら対応します」
【患者の長女】
「まさか高齢者があげられるとは思わなかった」
【福井英人医師】
「150歳でもあげられるけん。本人がいいと言っていてもお父さんが嫌というかもしれない。また今度話してみて」

こうした角膜の提供いわゆる「献眼」の意思確認をするのは珍しい取り組みです。「角膜」とは黒目の部分を覆うコンタクトレンズのような透明な「膜」です。この角膜が濁ったり変形するなどして物が見えにくくなる病気があり、亡くなった人からきれいな角膜を提供してもらうことで治すことができます。

【記者】
「先生在宅医療されてどれぐらいなんですか?」
【福井英人医師】
「今はまだ3年目ですね。この4月で丸3年が経つぐらい。在宅医療はすごい自分にあっている」

大阪や沖縄の病院で救命救急医として働いてきた福井医師。そこでは、亡くなった人が病気の人に臓器提供をする移植医療にもかかわってきました。

【福井英人医師】
「臓器移植ができることで治療の選択肢が増える。他の人の善意がないと成り立たない究極の医療。他の方法でもう治せないのを臓器移植することで治る」

その後、移植先進国スペインで研修を受ける機会もあり、ますます移植医療の可能性を感じていました。3年前、実家の病院を継ぐために広島に帰り、在宅医療では臓器提供に関われなくなりましたが唯一できる「角膜提供」に取り組むようになりました。報酬は一切ありません。なぜ行っているのでしょうか?

【福井英人先生】
「看取りのオプションかなって思う。ただ何もせずに亡くなっていく方法と他の人にギフトをあげて亡くなっていくっていう選択肢を作ってあげられている。くださいっていう訳じゃない。こういうことができるよと逆に教えてあげてるぐらいのつもり」

提供者は3年間で17人。広島県の献眼数のおよそ3割が福井医師の患者です。提供者のひとり河本武彦さん。この自宅で最期を迎えました。角膜提供を決断した家族は。

【息子成彦さん・妻紀子さん】
「河本さんがお亡くなりになったときに角膜提供の話をさせてもらって(意思表示していたことを)忘れてましたもんね。ほんま忘れておりましたあのとき。ぱっと思い出して、そういや親父は献眼登録を推奨していたからこれはしないといけないなというのでさせてもらった」

30年以上前にアイバンクに登録し提供の意思を示していたことを福井医師の言葉で思い出したのです。提供を決めると1時間後には摘出する医師が到着。自宅だ20分程度で手術を終え、見た目には分からないよう処置をしてくれました。

【河本紀子さん】
「大好きな我が家で父が亡くなることができたのは先生のコーディネートのおかげでもあるのでその先生に父も信頼を置いていたのでその先生に身をゆだねることは父はたぶん望んでいたことだろうと判断できたので家族としては抵抗はなかった」

【河本成彦さん】
「こうやって親父が世の中のために(役に)たてば本人も満足でしょうし、私たちも一番いいんじゃないのか」

【福井英人医師】
「個人個人色々な考えがあると思う。あげたくないって思う人は全然それはそれで責めることはないしそれはそれでいい」

こうした福井医師の取り組みに対し提供された角膜を移植し、患者の目を治す眼科医は…

【広島大学病院眼科・近間泰一郎診療教授】
「福井先生が在宅医療で培ってこられた家族や本人との信頼関係、関係性があってのこと。我々にとってはありがたい」

昨年度全国で角膜の提供を待つ待機患者は1888人。実際に提供した献眼数は505人。
提供者は足りていません。

【広島大学病院眼科・近間泰一郎診療教授】
「献眼自体の数は10年前からどんどん減っています。この2、3年はとにかくコロナの影響が一番大きいと推測しています。提供してくださる角膜がないとできない医療なんですね。だから少しでも角膜の提供が増えて喜んでもらえる笑顔が増えるのが我々にとって一番の望み」

角膜移植で笑顔になれた人たちがいます。「円錐角膜症」で高校生の頃から見えづらかったという藤本さん。

【角膜提供を受けた藤本喜久さん】
「信号機が5つぐらいに見える。ぼんやり5つくらいになってそれが細く繋がってる。そんな見え方をしていました」

次第に悪化し、環境の測定の仕事や自動車の運転にも支障が出るようになります。不自由な暮らしを20年以上続けたのち45歳のとき、広島大学病院で角膜提供のもと手術を受けました。

【角膜提供を受けた藤本喜久さん】
「2〜3日ぐらいで包帯が取れて、そのとき見た景色というのはびっくりしました。
こんなに見えるんだ。これが読めるんだあんな小さいものまで見える。感動しました」

車の運転もできるようになり生活が快適になったと言います。

【角膜提供を受けた藤本喜久さん】
「うれしく思えることは数えきれない。献眼してくださったドナーの方には感謝しかない」

一方、広島市中区の女性は、失明の不安を抱えながら、様々な病院を訪ね歩きました。

【角膜提供を受けた女性(匿名希望)】
「必死で探したんです。どこもだめって名医と言われているお医者さんでもできない。絶望的だったんですね」

あきらめかけていたおよそ10年前、広島大学病院で移植に辿り着きました。

「見事に鮮明に見える。あの時のうれしさったらないですね。字が読めるというのがうれしかったですね。生活の質が全然違いますね。ありがとうばかりですね」

まだ多くの患者が角膜提供を待っています。

【福井英人医師】
「他の在宅(医療)看取りをやっている先生方にも広めていけたら。同じようなことをしてくれれば提供できる角膜の数ももちろん増える」

一般の人には、免許証や保険証の裏側にある、角膜提供を含めた臓器提供の意思表示カードの記入を呼びかけます。

【福井英人医師】
「意思表示をして家族にその内容を伝えてカードに(提供するかしないか)どっちにするか〇をつけるというのをぜひこのテレビを見た人にやっていただきたい」

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