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映画「ぼけますから…」呉市出身監督が続編を制作【前編】 母はお骨になったけど、家に帰れてよかった

4/6(水)  13:00 掲載

シネマカフェ番外編。3月25日公開の映画を取り上げます。人生100年時代の家族の日常をリアルに描いたドキュメンタリー映画。自身の両親を撮影したひとり娘で監督の信友直子さんにいま届けたいメッセージを聞きました。

(映画)
「昼はどうする?」
「もう昼? 昼?」
「どこへ行くか?」
「お昼ですか? お昼ですか?」
「オリーブ?」
元気な頃の母です。この時80歳。まだ認知症の兆候はまったくありません。

2018年に公開されドキュメンタリーとしては異例の20万人を動員した映画「ぼけますから、よろしくお願いします」。認知症の母と、母を介護する耳の遠い高齢の父。その様子を娘が撮影し、日常をリアルに描く家族の物語です。

今回の映画はその続編「ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえりお母さん〜」母・文子さんが脳梗塞で倒れ家族が別々に暮らすようになるところから始まります。

(映画)
「手がかかるようになってごめんね」
「そんなことはないよ」

認知症、コロナ禍、高齢化社会の問題を映し出しながらも温かい夫婦の姿を撮り続けたひとり娘・信友直子監督の思いは。

【衣笠アナ】
「前の作品から拝見しているので、信友家の皆さん親戚みたいな気持ちで、一緒に悲しくなったりほっとしたり、いろんな気持ちを共感しながら拝見したんですけど」
【信友直子監督】
「一作目を作った後にこの続きが見たいっていろんな方から言っていただいたので、どういう風な形になるかわからないけども撮り続けようっていう気持ちはずっとあったんですね」
【衣笠アナ】
「次も届けないとという、ちょっと使命感のようなものは?」
【信友直子監督】
「しっかり見続けなきゃっていうのもありましたし、脳梗塞で倒れてからは、母は見てるとどんどん弱っていくし、悲しいことばっかりだったので、そこがすごく見続けるのは、使命感はあったけれども、やっぱり気持ちとしては辛かったですね。だけどその分、私を励まそうとしたのか、父がどんどんかわいらしく、ユーモラスになっていったので、父の方を見たらちょっと気持ちが癒されたり和んだりして、なのでそこに救われました。父と母とも三人で共同制作で作ったような、今回も感じですね」

先日広島市で行われた先行上映会。チケットは完売、多くの人が訪れました。

【信友直子監督】
「今日はようこそいらっしゃいました。今ここで、広島が初めて(の映画上映)です。
いくら泣いても笑ってもご自由です。父と母と私の物語を一緒に楽しんでいってください」

会場には父・良則さんの姿もありました。この日初めて映画を見た良則さんは舞台挨拶にも。

【父・良則さん】「信友直子のおやじでございます。本日はたくさんお集まりいただきましてありがとうございました」
【信友直子監督】「元気なころのお母さん出てきて懐かしかったですか」
【父・良則さん】「懐かしかったですね」
【信友直子監督】「お母さんはお父さんと結婚して幸せなかったと思うわ」
【父・良則さん】「まあわたくしもええ女房をもろうたと…ええ女房もろうたと思うとりました」
【映画を観た人は】
「私も80歳近いですから、延命治療のことも家族にははっきり伝えて、残った人間が困らないように帰って話せにゃいけんなというように感じました。(映画全体温かい映画でしたね)それもすごくよかったですね」
「私も高齢の父を抱えておりますので(共感する部分がすごく?)ありました。お父さんががんばっていらっしゃるから感動しました」

【衣笠アナ】
「私も2年ほど前に祖母が亡くなり、母がそこに向き合うところも一緒に見てきて、多くの人にとって、他人事じゃないというところがあると思う。今回みとりというところもしっかり描かれた、その意図は?」
【信友直子監督】
「一作目を公開した後に、ある女性の方から声をかけられたんですね。自分の母親を認知症でみとった、お母さんがもう亡くなったという方で、信友さん私は、母を見送って思ったけども、介護っていうのは親が命がけでしてくれる最後の子育てだと思いましたっておっしゃってくださって、それが私すごく印象に残ってたんですよ。で、私の母が、もう余命いくばくもないという風に言われた時に、これは母が最後まで、身をもって、命を削って教えてくれようとしているんだなと思ったので、それは本当に見ようと思いましたね」

【衣笠アナ】
「お母さまが亡くなられた時はどういう気持ちになられましたか」
【信友直子監督】
「すごく不思議なのは、まあ泣いたは泣いたんですよ、その例えば母がお骨になったときとかは、やっぱりすごく泣いたし、だけど、思ったほど、悲しくないというか、喪失感やか絶望感は思ったほど感じなかったのは不思議でしたね。それよりもすごく母は入院生活が長かったんです。1年8か月くらい入院をして、その間ずっと家に帰りたいって言ってたし、思ってたと思うんです。母がいなくなってしまったというよりも、お骨になったけれども家に帰ってこれて、ああよかったねお母さん、家に帰れて、おかえりお母さんっていう気持ちが強いと思います」
【衣笠アナ】
「ある意味穏やかにお母さまの死を受け入れられていると思うんですけど、そういう風に思えた理由は」
【信友直子監督】
「私これ、語弊があるかもしれないんですけど、認知症がくれたひとつの贈り物かなっていう気もしていて…」

【後編】に続く

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