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広島のシンガーHIPPYさん「被爆者の思いを歌で語り継ぐ」約束と誓い

07/16(木)  20:00 掲載

被爆から75年を迎える今年、被爆者の平均年齢は、83歳を超えました。「あの日の記憶をどうやって語り継いでいくのか」被爆者の思いを歌に込めたシンガーがいます。

広島市出身のシンガーヒッピーさん。ヒッピーさんには、もう一つの顔があります。毎月6日、被爆者による『語り部の会』を3年に渡って開催しています。
【HIPPYさん】
「冨江さんが2006年2月から毎月始められてきょうで163回目の語り部の会、こうやって開催できることを感謝します」「この会を始めて冨江さん。1歳上で憧れの先輩なんですけど原爆に関してはそんなに興味なかったんですけど先輩がやられるこの会にすごい興味があって」
「語り部の会」を始めた冨恵洋次郎さんは、3年前、肺がんのため37歳の若さでこの世を去ります。ヒッピーさんは、冨恵さんとある約束をしていました。
【HIPPYさん】
「被爆した方の高齢化はすごい感じていて、毎月やることの難しさブッキングの難しさをすごい感じていたので、毎月もしブッキングができなかったら代わりに僕が学んだことを話せればいいなと思って被爆伝承を学んでいるんですけど」
ヒッピーさんが取り組んでいる「被爆体験伝承プログラム」。被爆者から研修を受け新たな「語り部」としてその体験を伝えます。
岡田恵美子さん。ヒッピーさんは、岡田さんの体験を引き継ぎます。
【HIPPYさん】
「一番難しいのは体験してないということですね」
【岡田恵美子さん】
「被爆者の話をそっくりそのまま伝えてもらうのは到底無理です。それは言葉で言えない。
遺品では感じてもらえないものがみんなあるんですよ。被爆者には。伝えていく方法はどういう方法でもいいと思っているんです」
【岡田恵美子さん】
「私の姉は12歳で建物疎開に行ってきますと行ったきり帰ってこなかった。慰霊碑に50周年まで名前が入ってなかった。両親が姉を探すのは知ってるんよ。毎日毎日探していたのは知っている。死亡届を出してないから原爆死没者名簿に名前が入ってなかった。お墓じゃないんだけど伝える原点だと思っている」「安らかに眠ってください過ちは繰り返しませぬから」
今年、新型コロナウイルスの影響で街は一変しました。原爆資料館は、臨時休館に。しかし、毎月6日の「語り部の会」が途切れることはありませんでした。これまでのバーでの開催をやめ動画投稿サイトユーチューブで配信します。この日、証言するのは岡田恵美子さん。孫の幸葵(ゆうき)さんの協力で実現しました。
【岡田恵美子さん】
「(8月6日)私が目にしたのはもう何も残ってない広島」
語り部の会、オンラインでの配信は続きます。初めて証言する筒井洋祐さん。あの日、当時、12歳の兄は学校へ行くため家を出たきり帰ってくることはありませんでした。
【筒井洋祐さん証言】・・・蘇る75年前の記憶。
今は平和公園になっている旧中島町で生まれた小田富貴子さん。被爆した父は、生前何も語りませんでした。
【小田富貴子さん】
「そういう惨状というのは後世に伝えるんじゃなくてフラッシュバックになるんでしょうね。全然言わなかった」
語ることができなかった記憶。ヒッピーさんは、語り部の会を通して様々な言葉を受け取っていました。ヒッピーさんが新たに作った曲のミュージックビデオが15日に公開されました。ミュージックビデオには岡田恵美子さんと孫の幸葵さんが登場します。
【日々のハーモニー】
「あの日から続く今・・・」

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