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『稲川淳二の怪談ナイト』のプロモーションで、稲川淳二さんが来広!

『稲川淳二の怪談ナイト』のプロモーションで、稲川淳二さんが来広!

ニッポンが誇る怪談テラー・稲川淳二さんが、ミステリーナイトツアー2022『稲川淳二の怪談ナイト』のプロモーションのため、来広されました。

(2022/06/03)

30年連続公演、おめでとうございます。まずは、コロナ禍での偉業達成への想い、30年を振り返っての感想をお聞かせください。

ミステリーナイトツアーを30年も続けられたのは、愛するファンの皆さまのおかげです。私にとってファンはマブダチ、親友以上の関係です。最初、面白いからとライブに来てくれていた人が、好きだからとライブに来てくれるようになりました。ファンの愛情を感じるようになって、それが私の原動力となりました。たとえば、私より年上の84歳のおじいちゃんが、ご丁寧にファンレターを書いて送ってくれたりするわけです。私が工房にこもって作品をつくっていると、「頑張ってください。楽しみにしています」と、玄関先に差し入れを持ってきてくれるファンもいます。チャイムを鳴らせば、私が出てくるのが分かっていて、それをしない。顔も見せず、手紙と差し入れをそっと置いていってくれるわけです。自分のことをこんなにまで心配してくれる人がいるのかと、気がついたら泣いている自分がいたりします。優しさは、チカラになる。だから、コロナ禍でも、へこたれませんでした。自分のことを気にかけてくれる人がいることが嬉しくて、怪談と本気で向かい合うことができました。気がついたら30年、ファンの皆さまに支えられた30年でした。

>>>ミステリーナイトツアーの原点について、教えてください。

怪談ライブを始めたのは、自分で言うのもナンですが、元祖リアクション芸人として、怖い話を得意とするタレントとして、茶の間を賑わせていた45歳のとき。その反響の大きさに背中を押されて、残りの人生を怪談に捧げると決意したわけですが、そのときの決断が正しかったとつくづく思います。テレビをメインでやっていた頃は、人より目立つことしか考えなかったけれど、怪談をメインでやるようになってからは、人間や人生を考えるようになりました。テレビの仕事が面白くなかったわけではありません。おかげさまで、テレビの仕事には困らなかったし、こんな私でも芸能人の確定申告ランキングで20位になったこともあるんですよ。だけど、それだけテレビに出演していても、テレビのファンからは、手紙ひとつ来ませんでした。でも、怪談のファンは違う。愛情をくれる。感動をくれる。だから、ツアーを始めて10年目、55歳のときに、私の怪談を愛してくれるファンのために、怪談のファンの皆様に失礼のないよう、テレビの仕事があるうちにテレビを辞めて、テレビの片手間ではなく、怪談を本気でやろうと思ったわけです。怪談なんて季節限定のキワモノですから、仕事として成立するとは思ってもいませんでしたが、いざとなれば、工業デザイナーの道もあるし、自分を愛してくれるファンがいるから、勇気を出せたわけです。タレントとして多忙を極めた絶頂期にテレビを辞めることができたのは、大きな事務所じゃなかったから。うちは女房が社長。(別居中でもう30年以上、会っていませんが…。)小さな個人事務所だから、自分の想いを貫くことができました。その昔、山城新伍さんが「仕事は遊んじゃいけないけれど、遊びが仕事になったらいいよね」と仰っていましたが、私は大好きな怪談を仕事にできて幸せですよ。本当に有難いことですよね。

>>>まさに、ライフワークとなっていますね。

ミステリーナイトツアー20周年連続公演の年(2012年)には、その実績が認められ、ツアーが始まった8月13日が「怪談の日」に制定されました。1年1年大切に公演を重ねているだけなのですが、日本気象協会から「“稲川淳二”が夏の季語(候補)になりました」と連絡があった時は、「ついに風物詩になったのか」と感慨深いものがありました。70歳を過ぎてからつくづく思うようになったのは、「生きているだけで丸儲け」ということです。60歳までは若い頃はああだったこうだった、あの頃は良かったと、過去を懐かしんでばかりでしたが、70歳を過ぎてからは後ろを振り向かなくなりました。かといって、将来のことを考えすぎるわけでもない。“後期交霊者”となることが目前となった今では、今より大事にすべき過去や未来など一つもない。今が一番うれしいし、今この瞬間を大切にしようと思っています。作詞家の阿久悠さんが歌手の谷村新司さんに「人生は省略できないからねぇ」と仰ったそうですが、あの時代はつまらないからと言って省略できない。私にとって怪談は人生そのもの。人生は端折れない。今この時間を大切に、ツアーに全力投球したい。ファンの皆さまに会えるステージを1回でも多く頑張りたいと思っています。

>>>とはいえ、コロナ禍です。ご苦労も多かったのでは?

3カ月に1度、病院には行くけれど、それ以外は家や工房に閉じこもっていました。近所の散歩もしていません。もしものことがあったら、ファンやスタッフに申し訳ないですから。辛くても、愛するファンがいるから、辛抱できました。以前は、時間があれば、心霊探訪の旅に出かけていたのですが、今はコロナでそれができない。今年の作品は、これまでに書き溜めていた“話の破片”をつなぎ合わせて完成させました。私の工房にはおじさんの幽霊がいるんですが、スタッフ以外の“人”と会っていないだけ、世界に入ることができました。だから、今年の作品は、一段と面白いものができています。「稲川怪談は、優しくて好きです」という手紙をよくもらうのですが、今年は泣ける話はありません。ちょっと不思議で、ふと淋しさを感じるような、とらえどころのない話。若い人には新鮮で面白いし、お年寄りには子どもの頃にそんなことがあったなぁと思ってもらえるような、どこか懐かしい現代の昔話のような話です。テレビにはターゲットがあるけれど、怪談はそれがない。子どもからお年寄りまでが楽しめます。毎回お話していますが、「怪談が怖い」というのは勘違い。オドロオドロしいだけのホラーとは違うわけです。その向こうにある懐かしさや優しさを感じて欲しいです。今年も良い話が出揃いましたので、ご期待ください。また、例年話題となる舞台美術も、広島公演はツアー看板を背負った大型トラックを復活させて、気合いの入ったものになる予定です。広島の皆さん、会場でお会いできることを楽しみにしています。