平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)中継

 8月6日(土) 午前 8時~ 

TSSホームページWEB配信  午前 8時ごろ (式典開始) ~ 式典終了まで
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TSS報道特別番組「たしかに そこは町だった~広島平和公園の下に~」
8月6日(土)午後12時~12時55分放送 【再放送】8月7日(日) 25時45分~26時40分 ナレーション:西田尚美(女優)

今年5月27日は広島にとって忘れられない1日となった。オバマ大統領が現職のアメリカ大統領として初めて被爆地を訪問。その歴史的なスピーチの中で「ここには町があり、人々の暮らしがあった」と語り、想像することの大切さ、核兵器の悲惨さ、失われたものの尊さを訴えた。

現在の広島平和公園は原爆犠牲者への祈りと平和発信の場として、世界中に知られているが、かつてこの場所に県内随一の繁華街があり、人々の生活と憩いの場があったことは、ほとんど知られていない。町の名前は「中島地区」。当時、広島の人々に愛された町とはどんな町だったのだろうか…?

原爆資料館では去年から地下の発掘調査が行われている。そこからは焦げたしゃもじや溶けた牛乳瓶など当時の人々が生きた証がみつかっている。その発掘調査の様子を特別な思いで見つめる平野隆信さん(80)。平野さんの父は中島地区にあった実家で被爆死。平野さんは焼け跡にあったヤカンで父の遺骨を拾った。そんな形見のヤカンを手に話してくれたのは中島地区で過ごした父との楽しい思い出、そして、原爆が奪っていったものの姿だった。

番組では原爆で失われた「中島地区」で生まれ育った4人の被爆者の証言を通して、今の平和公園にかつてあった町の様子や人々の暮らしを描くとともに、原爆によって失われたものの大きさや尊さに迫っていく。そして、被爆者の高齢化が進む中、中島地区の記憶を受け継ごうとする親子や高校生たちの姿を通して、“継承”というこれからの課題についても考える。