TSS報道特別番組 「ヒバクシャと被爆者 繰り返される悲劇」

 原爆投下から、今年で68年目を迎えるヒロシマ。
これまで被爆した人々の支えになってきたのが、医療費などの支援が受けられる被爆者としての証「原爆手帳(被爆者健康手帳)」です。今、その原爆手帳を見習おうとしている自治体があります。東京電力の原発事故で高い放射線量による汚染被害を受け、全町民が避難を余儀なくされた福島県・浪江町。

町民は県の内外で今なお避難生活を続けています。いまだ自分の家に戻るめどが立たず、建物は傷み、田畑は荒れ放題。そして避難生活を続ける人たちの現実…。転校先でイジメをうけた子どもや、被ばくしたことで娘の結婚に影響があるのではと心を痛める母親がいます。「被ばく」に対する偏見・差別。原爆と原発の違いはあれど、それはかつてヒロシマが経験してきたものと同じでした。浪江町の被災者は、放射線という目に見えぬ不安、さらには賠償金をめぐる心無い中傷にも苦しめられ、自ら原発や放射線について語りづらい状況となっています。

かつてヒロシマでは「原爆手帳」の交付を拒み続けてきた人が数多くいました。68年前、原爆による悲劇に見舞われたヒロシマ。悲劇はその瞬間にとどまらず、その後生き残った被爆者に対する「偏見や差別」を生みました。「被爆は遺伝する」といわれ結婚を何度も断られたという83歳の女性。被爆者であることを隠し結婚、生まれたわが子のため原爆手帳を拒み、夫が亡くなるまで胸に秘めてきた被爆者であるという事実。しかし、3年前から被爆の「語り部」としての活動を始めました。「核の悲劇を繰り返してはならない、そのためには誰かが伝えないといけない」その思いを年々強くし、立ち上がったのです。

浪江町民の健康を守るため「放射線健康管理手帳」の制度作りに奔走した町の男性職員。偏見に打ち勝つため事業を再開した町工場の人たち。懸命に生きる姿がそこにあります。
原爆と原発の違いはあれど、放射能に人生を翻弄させられた被爆地ヒロシマと3.11後のフクシマ。この2つの「被ばく地」を通じ、“核”がもたらしたものについて、私たちが何を見つめ、何を伝えていかなければならないかを考えます。