<番組内容>
12歳の時爆心地から1キロ半の鶴見町で被爆した松原美代子さん。松原さんは1962年、29歳の時に、ヒロシマの代表として、平和巡礼ツアーの旅で世界14カ国を訪れ、核実験反対を訴えたのを機に、証言活動などを開始します。「これからは世界中に自分の声で訴えなければいけない」と思い、英語を勉強。外国人観光客らに英語で被爆証言を語ることができる貴重な存在となりました。松原さんが証言を行う時、手助けとなるのが当時の状況を自身で描いた13枚の絵。しかし、松原さんにはどうしても自分で描けなかった絵がありました。その描けなかった絵を2007年秋から広島市立基町高校の学生2人が描き始めました。 描いては聞き、描いては聞きを繰り返す2人。2人は悩みながらも絵を描き上げます。
<2人の高校生が描いた絵>


そして、「描けなかった2枚の絵」番組スタッフ一同に村上隆治編成局長から編成局長賞が贈られました。 番組を担当した報道部、若木憲子ディレクターは「原爆体験の継承をテーマに取材し、放送したこの番組の意図が伝わったという評価を受けた事をとてもうれしく思います。この授賞を励みにこれからも頑張ります。」と、受賞に際してのコメントがありました。